総統閣下も注目しておられる
『アドルフ殿』ことアルブレヒト・ホフマン中佐が、ピカピカに磨きあげたブーツに踵を鳴らして、艤装と擬装を行っているドッグを闊歩する。
グリースなどが、床にこぼれていることがあるので、こうした現場に慣れない者はよく転ぶのだが、バウマン大尉が小声で「転べ」と言っているのを聞いて、私は噴き出しそうになってしまった。
ここの指揮官であるニクラス・ディートリッヒ大佐は、テストであろうと必ず兵士を見送りにくるそうだが、今日はいない。アルブレヒト・ホフマン中佐が視察に来るという情報を事前に得ていたのだろう。
武装親衛隊所属士官による督戦は減点方式だ。何も問題ないのが百点満点で、何かあれば減点される。利口な者は、極力接触を避ける。
「アルフレード・シュトライバー大尉、エーリッヒ・バウマン大尉、貴君らが本日のテストを行うのだな?」
残念なことに、グリースに足を取られることなく、アルブレヒト・ホフマン中佐は我々の前に来て、そう言った。
我々は海軍式に、無表情で上官に目線を合わせることなく、その頭上のどこかに焦点を合わせ、
「そうであります」
と、簡潔に答えた。
「今回の『P作戦』は、総統閣下も注目しておられる。励むように」
そう言い捨てて、アルブレヒト・ホフマン中佐は踵を返す。忠実な犬のように、ウド・ブフナー軍曹が後に続く。小太りなその男は、頬の肉が重力に負けて垂れ下がっているので、なんだかフレンチ・ブルドックを連想させて、ますます犬のイメージが強くなる。
「総統閣下も注目しておられる」
ドックから、フレンチ・ブルドックを連れた尊大な中佐殿が見えなくなると、エーリッヒ・バウマン大尉が彼の口調を完璧にトレースした。
「うぅ、わんわん」
私は、ウド・ブフナー軍曹の役になりきって、吠える。
エーリッヒ・バウマン大尉がこらえきれず笑った。私もつられて笑う。
たったこれだけのために、作業を邪魔されてイライラしていた情報将校のモーリッツ・アーベライン大尉も、こらえきれず笑っていた。
「おいおい、やめてくれ、ブフナー軍曹を見るたび、今のをおもいだしちまう。よし、艤装と擬装は終わった、今回の趣旨を説明するから来てくれ」




