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ロストックの幸運亭

 ロストックの港は、本来は貿易港と漁港を兼ねた中規模の港なのだが、英国・米国の艦艇や航空機による海上封鎖によって、商船は寄港出来ず、漁船も米軍機による機銃攻撃が多発したことによって、開店休業といったありさまだった。

 そういう意味では、軍による接収は、漁業協同組合や港湾労働組合にとっては良かったのかもしれない。国からレンタル料が支払われるのだから。

 軍事施設になれば、施設を支える職員や軍人が消費者となり、米軍の面白半分の機銃攻撃で干上がりはじめた商店も多少は潤う。ロストックが我々に好意的だったのは、そういう理由がある。

 ペンギンの乗員に宿舎として割り当てられたのは、「風待ち」をする船員が一時上陸して宿泊する安宿を接収したもので、客室の階下に居酒屋があるような、典型的な港の宿だった。

 ただし、ここは各地の港にあるような、いわゆる売春宿ではなく、釣り客や船員相手の民宿に近い経営形態をしているらしかった。

 宿の名前は『幸運亭』といった。

 生死を潜り抜けた軍人は縁起を担ぐ。それは幸運のコインだったり、大勝ちした時のトランプの一枚だったり、様々だ。そして『死の予兆』をあらゆるものから読み取ろうとする。

 そういう意味では、我々が割り当てられた宿の名前はとてもいい。少なくとも私は気に入った。幸運が必要な時に幸運が足りなかった我が身なればこそ……。

 『幸運亭』には十個の部屋があり、ペンギン二隻分の乗組員がここを拠点に出来る。我々の母親の世代の寡婦がこの宿の女将で、彼女の娘が一人、まだ少年の弟が一人の三人家族で経営しているのだった。

 この『幸運亭』には、元・軍用犬で、右前脚がないジャーマンシェパードが用心棒よろしく庭ににらみを利かせていた。リンツという名前のこの犬は、この宿の女将の夫のパートナーだったそうだ。

 仏国のマジノ線で戦った第七十五猟兵大隊の軍用犬索敵部隊の古参下士官だった女将の夫は、不注意な新兵を助けようとして地雷に触雷。リンツは、自身も大怪我を負いながらも、三キロ以上もパートナーを引きずって味方陣地に帰還し、名誉除隊したそうだ。

 奇跡的に大怪我から復活した女将の夫は、新しい軍用犬とともに、露国のスターリングラード攻防戦に参加し、戦死したという。

 リンツとともにおどけたポーズをとった写真が宿には飾ってあったが、鉄十字勲章を二つも受章した歴戦の勇士とは思えぬ、丸顔の優しげな男であったようだ。

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