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『幸運の七番』 最後の戦い

 駆逐艦群が接近するまでおよそ十五分。

 その間に、コルベット艦を叩かなければならない。

「ヴァランダー准尉。水平射撃で歩兵を撃て。近付かせるな」

 そう命じておいて、無造作にコルベット艦に接近する。

 相手は座礁して静止している。

 しかし、接近出来る方向は決まっているのだ。

 極端に喫水が浅いペンギンでも、どし上げたら身動きが取れなくなる。

 同軸機銃がカタカタと銃撃を開始した。

 腰まで海水に漬かった兵士と兵士の死体をかき分けるようにして、コルベット艦に接近してゆく。

 軽快なP-21のMk103三十ミリ機関砲の音が聞える。

 我々の周囲から逃げるのは兵士で、逃げないのは兵士の死体だ。

 主砲の死角から接近したので、我々を迎撃するのはポンポン砲だ。これだけ近いと、貫通力が低いQF2ポンド砲でも、当たり所が悪ければペンギンの装甲を抜くことがある。

 いわゆる『豚飯の確度』をとりながら、接近した。

 砲塔を回して向きを調整する。

 外しっこない距離だ。

「ぶち抜け」

「ヤボール」


 駆逐艦が接近するまでの十五分間で、三隻の勇敢なコルベット艦を始末した。

 コルベット艦の陰に集まっていた兵士たちにも、執拗に榴弾を叩き込んでおいた。

 最初はライフルを撃ってくる兵士もいたが、最後は命乞いをする者が殆どだった。

 だが、我々は機銃を叩き込み、榴弾を放った。

 隠れ場所から逃げ出した兵士は、海岸の火点からの銃撃で死んだ。

 血と砂と海水で練り上げたような胸くそ悪い場所。

 それが勇敢なコルベット艦の死に場所になったのだった。


「命じる。反論は許さん。P-21は、報告のため基地に戻れ。駆逐艦の相手は、我々が行う」

 私はただ一機残ったペンギンにそう命じた。

「お断りします。自分は最後まで、シュトライバー大尉についてゆきます」

 クルト・ヴァランダー准尉が即座に反論した。

「ばかもん。伝令も、れっきとした任務だぞ。さっさといけ」

 逡巡の気配があった。

「亡霊と言われた我々が、確かに戦ったのだ。これを誰が伝えるというのかね。君しかおらんだろう。いけ、ひよっこ」

 数瞬の沈黙があった。

「わ……わかりました。先に帰投します」

 P-21が疾走する。『血のオマハ』と呼ばれることになる、この悲惨なな戦場を。

 

 「さて、これで後顧の憂いは無い。貴様らには最後まで付き合ってもらうぞ。どうせ、貴様らは生きていても、どうしようもない連中だからな」

 げらげらという笑い声が上がる。

 夜明けからずっと戦っていた。

 疲れ切っていたが、あともうひと踏ん張りだ。

 駆逐艦十七隻と戦わなければならない。

 「バルチュ。機銃座はもういい。機内に戻ってバウムガルテンを助けるんだ。一発でも多く撃つ。弾尽きるまで、一歩も引かんぞ。気合をいれろ、オンボロ勇者ども」

 拳が上がった。

 絶望の海へ。

 希望の海へ。

 エンジンが咆哮した。

 P-07最後の戦いが始まった。


 敵の利点は数が多い事だ。

 敵の欠点は数が多い事だ。

 意表をつく操船で、なんとか内懐に飛び込む。

 一番危険なのはその瞬間だ。

 十七隻分の砲火・銃火にP-07は叩かれることになる。

 一発でも致命傷を受けたら終わる。

 だが、内懐に飛び込めば、数の多さは欠点になる。

 同士討ちを恐れて、動きが制限されるからだ。

 走る。

 ただ走る。

 そして、いつものように喫水線を叩く。

 嫌がらせがペンギンの本領なのだ。

 海岸線から一気に沖へ。横隊を組んだ駆逐艦が見えた。

 各艦の一番砲と二番砲が瞬く。

 三十発以上の砲弾が、飛来した。

 林立する水柱。その間隙を縫うようにして、ペンギンが駆ける。駆けながら撃つ。行進間射撃は、P-07が得意とするものだ。

 赤い曳光弾の光跡を引いて、ボフォース四十ミリ機関砲が射撃を開始した。面で弾をばら撒く戦法は、いつでもペンギンの天敵だった。

 ガチン、ガチンと命中弾が砲塔で弾かれる。

 ペンキ片と結露の水滴が散り、我々の上に降り注ぐ。

 彼我の距離は二千メートルを切った。正面装甲は、まだ四十ミリ機関砲を弾けるが、主砲は食らったら危ない距離だ。

 動き続けること、ペンギンはそれしかない。高速機動戦闘こそがペンギンの持ち味だ。

 

 P-07は満身創痍だった。

 何発のライフル弾や機銃弾を浴びたかわからない。

 特に、ブローニングM2機関砲は、装甲にだいぶダメージを与えていた。

 シュルツェンにも無数の穴が開き、砲塔に溶接した五つのシュルツェンのうち2つは完全に用をなさないほど砕けてしまっていた。

 駆逐艦の群れの中に突き込んでは、喫水線を撃つ。

 何度、この動作を繰り返しただろう。喫水線に穴をあけることは出来た。

 それを塞ぐために修理は必要になるだろう。

 だが、それだけだ。そのための兵器がペンギンなのだ。駆逐艦の遅延。輸送船からの引きはがし。それが目的であり、撃沈は想定されていない。

 海岸では、米兵がじわじわと内陸に詰めてきており、独軍の火点は一つ、また一つと潰されてゆく。

 必死に食らいついている、駆逐艦からの艦砲射撃によってだ。

 魚雷でもあれば、少なくとも一隻は撃沈できたかもしれない。だが、座礁も厭わぬほど、腰を据えて海岸線に押し寄せる駆逐艦たちに、ペンギンはいかにも火力不足だった。

 キンキンと加熱の音がするほど、砲身が焼けていた。

「弾切れだ、もう砲身ももたない」

 砲手のクラッセン軍曹が言う。出来る事だけはやった。しかし、もう限界だろう。ペンギンの様な使用場所が限られる代用兵器はこの場では不要だ。

「仕方ない。撤退だ」

 私がそう宣言した時、キュボという貫通音が響き、私の左足に激痛が走った。

 クラッセン軍曹の背に、私の足から飛び散った血がふりかかる。

 ガンガンという音、砲塔の側面ハッチという唯一の弱点にピンポイントでヒットした四十ミリ機関砲の砲弾が、P-07の砲塔内に飛び込んできたのだ。

 その銃弾は、私の左足のふくらはぎの肉をあたかた持っていき、ほとんど引きちぎっていったのだった。

 その銃弾は装填手のバウムガルテン一等兵の脇を掠めて砲塔内で跳弾し、機銃手のバルチュ伍長の鉄兜をもぎ取り、床に突き刺さって止まった。

 負傷したのは私だけだったのは、幸いだった。

 ここにいる全員がミンチになってもおかしくなかったのだ。

「また、鉄兜がいかれちまった!」

 床に穴あきの鉄兜をたたきつけ、バルチュが私の方に駆け寄る。

 スパナと予備の通信用コードを持っている。

「止血しねぇと!」

 コードで輪を作り、スパナを輪と私の腿の間に差し込んで捩じり上げる。その間も、私のほとんど千切れかけた足は脈動に合わせて、ビュッビュッと血をふきだしていて、床とクラッセン軍曹の背中を汚し続けていた。

「軍曹、すまんね」

 私は妙に冷静で、軍曹の真新しい軍服を汚してしまったことについて、謝罪した。

「洗濯代は、はらってもらいますぜ」

 軍曹が、最後の一発を放ち終えて、言う。

「あんたら、頭おかしいぜ」

 操縦手のベーア曹長が、毒づいていた。

 私を艇長席から引きずりおろし、バルチュがその席に着く。

 そして、キューポラのクラッペから、外を見ると、叫んだ。

「ああ、ちくしょう! やばい! やばい!」

 駆逐艦から離脱したことにより主砲の射角に入ったので、十七隻の駆逐艦が一斉に主砲の向きを変えたのだ。

 至近距離からの主砲の一斉射撃。

「こなくそ!」

 ベーア曹長が急角度で進路を変える。

 荒波に、ガクンガクンとペンギンが跳ねた。

 私は一種のショック状態から覚醒していて、床に叩き付けられる左足の激痛に息が詰まっていた。

「何か、クッションを……」

 砲弾を拭うボロ布を、機銃弾のマガジンが収められていた麻布にせっせと詰めて、バウムガルテン一等兵が応急のクッションをこしらえていた。

 いくつもの落雷が同時に起きたような、砲声。

至近距離からの駆逐艦備砲の直射だ。

 撹拌される海水に浮かぶ木端にように、ペンギンが危険な角度で揺れる。

 急造のクッションを持ったバウムガルテン一等兵が、転倒しないように壁面に手をつく。

 その手を離して、歩きはじめた瞬間のことだ。

 飴細工のようにベコリとバウムガルテン一等兵の顔の脇の壁面が歪み、彼はばったりと倒れて顔面を掻きむしった。

 私だけは見ていた。

 砲塔に砲弾が当たったのだ。

 奇跡的に貫通弾にはならなかったものの、砲塔の装甲が凹むほどのダメージを受けたのだ。その際に、砲弾の勢いそのままにペンキ片と細かい鉄片が跳び、すぐそばにあったバウムガルテン一等兵の顔面を襲ったのだった。

 這いつくばるようにして、クラッセン軍曹が砲身の尾錠の下を潜ってバウムガルテンを抱き起す。一瞬だけ気を失っていたバウムガルテン一等兵の悲鳴が響く。

「ああ、畜生! 目が……」

 艇長席から、バルチュ伍長が飛び降りる。

「くそ! こするな! バウムガルテン! 水もってこい! バルチュ!」

 バキンと何かが折れる音が聞こえる。

 ペンギンがコントロールを失って、一回転する。離席していたクラッセン軍曹とバルチュ伍長が壁面に叩きつけられる。

「このやろう! 暴れるな!」

 必死にベーア曹長が再制御のために操作をしていた。

 姿勢を保つための、ペンギンの小さな翼が折れたのだ。

 何度も、フリッパーターンを繰り返し、大きな負担がかかっていたのだろう。

 良く耐えてくれたが、今、力尽きたのだ。

 エンジンはまだ生きていた。

 ペンギンは走る。激戦の海岸を右手に見ながら。

 浜は赤く染まっていた。

 幾人の兵士がそこで死んだのだろう。

 私の手は銃を持つ手だった。

 殺したり、殺されたりする手だ。

 だが、もうたくさんだ。

 この手から、銃を手放す。

 そんな時期に来ているのかも知れない。

 そんなことを考えながら、私の意識は闇に沈んでゆく。

 鎮静剤の注射が効いて来たのだろう。


 疲れたよ。

 私は、疲れ果ててしまった。


 バウマン。

 友よ。

 私は少し眠ることにする。

 それくらいの贅沢はいいだろ?


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