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死にゆくペンギンたち

 鳥が絞殺されたような音。

 私は、巡洋艦に航海士として勤務したことがある。

 その際、初めて海戦を体験したのだが、大口径の砲弾が鋼鉄を貫くとき、そんな音を立てる。

 次々と上がる水柱の中で、火柱が一つだけ上がった。

 まるで、紙細工の張りぼてのように、あの重いペンギンの砲塔が宙を舞っていた。

 直撃弾。

 一トンを超える砲弾が、真上からピンポイントで突き刺さったのだ。

 いくら、戦車がベースとはいえ、ひとたまりもないだろう。

 中国人の料理人の鍋のごとく、激しく揺れる海面に翻弄されながら、私は無線機に向かった怒鳴る

「無事か! 艇ナンバーを伸べよ!」

 P-08、21、22が受信応答した。

 ならば、あれはP-20か?

 厨房要員としてアフリカ戦線に出兵した父親を「かっこわるい」と言ってしまったのを後悔していたフランツ・オイゲン准尉の艇だ。

 砲塔が無いペンギンが、炎上しながら沈んでゆくのが見える。

 機体ナンバーが見えた。

 ―― P-20 ――

 やはりオイゲン准尉のペンギンだった。

 沈んだのはP-20ばかりではない。

 揚陸艇も、五隻程度が波にあおられて、何隻も転覆していた。

 ペンギンに、内部から蚕食されるぐらいなら、患部ごと切除する。そういった判断を、「オマハビーチ」担当の指揮官は下した。そういうことだ。

「くそっ! 第二波くるぞ! 揚陸艇の中に入りこめ! 早く!」

 揚陸艇の群れの中に突きこむ。

 シュルシュルという巨大な砲弾が飛来する音。

 遠い砲声は後から聞こえてきた。

 海が湧き立つ。

 ライオン級の大型戦艦の主砲は三連装十四インチ砲。それを、前甲板に二基、後甲板に一基設置されている。

 それが二隻、一斉に砲弾を撃ち出しているのだ。

 巨大砲弾による面での殲滅砲撃。

 直撃弾がなくても、爆風だけでペンギンは危うい。

 ましてや、揚陸艇はひとたまりもあるまい。


 ペンギンが作ったパニックは、急速に収まっていった。

 もたもたしていると、艦砲射撃に巻き込まれる。混乱の極みで、団子状態になっていた揚陸艇は、我先にと海岸に向かい始めたのだ。

 そうすると、わざと座礁して放題になったフラワー級コルベット艦という布石がじわじわと効いてくる。

 コタンタン半島基部のエリア、連合国のコードネームであるところの『オマハビーチ』の趨勢はこの時定まってしまった。

 あとは時間の問題でしかない。

 もう一度、パニックを演出しようとしたが、無駄だった。

 何度突きこみ、突き入れても、揚陸艇は狂ったレミングのように海岸に向かうばかりで、ペンギンの方へは注意を向けなくなってしまっていた。

 艦砲射撃の恐怖が、ペンギンへの恐怖を凌駕してしまったのだ。

 我々は当たるを幸いに、一隻づつ揚陸艦をつぶす。そうした戦法にシフトしなければならなかった。

 Sボート群との戦闘を終えた、駆逐艦が海岸に接近してきた。

 海岸から三キロメートル圏内に遊弋し、揚陸艦を艦砲射撃で援護するのが目的だ。

 我々は、揚陸艦をかき分けるようにして、駆逐艦に向かう。

 数が違っていた。

 十七隻の駆逐艦だった。

 Sボートが沈めたのは僅か一隻だけ。

 この作戦に投入された駆逐艦は百五十隻と言われる。その殆どが、最新鋭のフレッチャー級の駆逐艦だった。

 どっと、ボフォース四十ミリ機関砲が降り注いでくる。

 互いが互いの死角をカバーするような陣形を組んでいるので、ペンギンは接近すらできない。

 離れれば、艦砲射撃を受け、近付けば機関砲の弾幕に晒される。

 私は、決断を下さなければならなかった。

「座礁したコルベット艦を叩く。全機反転!」

 駆逐艦に背を向けた。

 海岸は、接岸した揚陸艦が折り重なっていて、歩兵が砂浜にとりつきはじめていた。

 先行して歩兵を守るはずだったシャーマンDDはペンギンが排除した。

 その代替になっているのが、海岸にめり込むように突進して座礁した勇敢なコルベット艦たちだった。

 圧倒的に不利な状況で、大戦初期、Uボートと戦った古強者が多いのがコルベット艦だ。艦長も度胸が据わっている。

 パガーンという不吉な金属音が響いたのは、その時だった。

 我々を追撃して、十七隻もの駆逐艦が艦砲射撃をしていたのだが、その一弾がカッツパルゲル准尉のP-22の砲塔後部に直撃したのだ。

 P-22は、気が急くあまり動きが単調になったのだろう。ここにきて、経験の差が出てきてしまった。

 また若者が犠牲になった。胸糞がわるくて、吐きそうだ。

 機銃の銃座は跡形もなく消え、首のないカッツパルゲル准尉の上半身が、破砕されたキューポラからガクンガクンと揺れているのが見えた。

 最後尾にいたP-08が、P-22に接舷する。

 生存者を収容する気だ。

「P-08を死なすな! 援護射撃!」

 ぐるんと砲塔が回って、P-07の砲塔が真後ろを向く。と、同時に百五ミリ砲が発射された。

 駆逐艦の一隻から、火花が上がる。

 振り向きざまの一弾が命中。まるで奇跡だった。

 チカチカと、駆逐艦からマズルフラッシュが瞬く。

 ドドドドンと、腹に響く音を立てて、水柱がいくつも立った。

 巻き上げられた海水が、風に散って虹がかかる。

 クラッセン軍曹が、もう一度百五ミリ砲を撃つ。これもまた、命中だっだ。

 水柱の陰から、P-08の姿が見える。

 キューポラから上半身を出して、負傷しているらしいP-22の操縦手を、機銃手のギュンター・ブッシュバウム一等兵が運び出しているのを手伝っていた。

 チカチカと、駆逐艦からまたマズルフラッシュが瞬く。

 砲塔を拳で叩いて、「早く出せ!」と、バウマン大尉が叫んでいるのが見えた。

 P-08の煙突が黒煙を吹き出し、海風に軍機がはためいた。

 シュルシュルと砲弾が空気を裂く。

 パガンという甲高い金属が金属を貫く音がした。

 火花が、P-08の後甲板からあがる。

 エンジンルームがある場所だ。

「ウソだ! ウソだ!」

 思わず、私は叫んでいた。

 炎が吹き上がる。

 P-08の煙突から。砲身から。キューポラから。空いたハッチから。

 燃料と砲弾が、同時に誘爆したのだ。

 キューポラからあがる炎の柱の中に、黒いバウマン大尉のシルエットがあった。前に俯くような姿勢で、なんだか疲れて居眠りをしているかのように見える。

「ウソだ。くそ、バウマン。ウソだと言ってくれ!」


 一瞬思考が硬直していた。

 悲鳴のような、クラッセン軍曹の叫び声が、なんだか遠い。

「しっかりしてくれ! アルフレード! 頼りはあんたしかいないんですぜ!」

 そうだった。

 そうだった。

 私はまだ戦争をしていて、まだ戦争は終わっていないのだった。

「作戦を継続する。コルベット艦を叩くぞ。ジグザグ航行開始。P-21は、我に続け」

 P-08があった方向を振り返る。

 そこにはもう、P-08の姿もP-22の姿もなかった。

 大きさの割に重いペンギンはあっという間に沈没する。

 まるで、その存在が幻であったかのように。

 バウマン。

 友よ。

 私には君を悼む時間すらないらしい。


 海岸は赤く染まっていた。

 どこもかしこも、兵士の死体で埋まっていて、兵士は死体を盾に銃弾を撃つような有様だった。

 コルベット艦は、重機銃で穴だらけになりながらも、いまだ健在で主砲とポンポン砲で援護射撃を継続していた。

 駆逐艦は引き離した。

 だが、海岸ギリギリまで接近してくるだろう。

 そうなると、ペンギンは、コルベット艦と駆逐艦に挟撃されることになる。早い段階で、三隻の座礁したコルベット艦を食い破らなければならない。

 もはやペンギンはP-07と対空特化型のP-21だけ。

 死力を振り絞らな変えればならないだろう。

 

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