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我、鋼の鋒矢となりて

 Uターンをして、再び沖に舳先を向ける。

 続々と兵員を満載した揚陸艇が海岸に向かって、荒波を乗り越えて来ているはずだった。

 キューポラから頭を出して、望遠鏡を覗く。遥か遠くで、銃火の煌めきが見える。

 沖合二十キロメートル地点で砲列を敷いている駆逐艦に、側面から高速のSボートが殴りかかったのだ。

 引き上げて行く、揚陸支援母艦たちが見えた。

 こいつらが、腰抜けだったので、航行能力のないシャーマンDDや地雷除去戦車やクロコダイルは、ことごとく沈められてしまったのだ。

 独軍なら『敗北主義者』の烙印を押されて、銃殺だろう。

 

 鉄の箱にエンジンを付けただけのような、揚陸艦が水平線一杯に広がっていた。

 後々の報告書のため、その数を数えていたが、やめた。

 とにかく、すごい数だった。

 こいつらを、接岸させてはいけない。

 ともすれば、圧倒されそうになる精神を奮い立たせた。

 一歩前に出る。その一歩で我々の背後に守るべきものは、一歩分安全になるのだ。

「一列縦隊で、つっこむ! 手当たり次第に撃て! 足を止めるな! 機銃手は頭を出さずに盲撃ちしろ! かき混ぜるぞ! ペンギン突撃!」

 放たれた鋼鉄の鋒矢のように、ペンギンが雲霞のように押し寄せる揚陸艇に飛び込んでゆく。

 策もなにもない。

 当たるを幸いに、敵中に斬りこみ、突き抜けるのみ。

 アーミーダックと呼ばれる水陸両用の輸送トラックが、揚陸艇を庇うように前に出てきた。船に車輪を付けたような珍奇な外見、これもまた陸海の混血児だ。

 我々に向けてブローニングM2機関砲を撃ってくる。

 何発かが砲塔に当たって、火花が散った。

「排除しろ、クラッセン軍曹!」

 私がそう命じる間もなく、百五ミリ砲が火を噴く。

 アーミーダックは、戦車ではなくトラックだ。装甲などないに等しい。

 貫通力が低い百五ミリ榴弾砲でも側面に大穴が開き、爆発する。

 積んでいた燃料に、飛び散った鉄片が引火を誘発したのか、炎が吹き上がった。悲鳴が上がって、火だるまの乗組員や兵員が、舷側から海中に転げ落ちてゆく。

 突きこむ。

 ひしめく、揚陸艇の群れの中に、貫く鋼鉄の矢になってペンギンが走り抜ける。

 キューポラから、目を丸くした米兵の顔さえ見える距離だ。

 なぜⅣ号戦車が海上を突っ走っているのか、理解できない顔つきだった。

 目の前の、ペンギンは亡霊ではない。

 その証拠に、百五ミリ砲が咆哮すると、揚陸艇の薄い防護板を貫通して、榴弾が爆風と死の鉄片をまき散らし、グズグズの肉しかそこには残らないのだから。

 パニックが発生していた。

 海岸までまだ三キロメートル以上もあるのに、重い装具を持ったまま、海に飛び込む兵士が大勢いた。

 それらの殆どは、装具の重さによって海底に引きずり込まれ、溺死していったいのである。

 手持ちの、M1ガーラント・ライフルやトンプソンM2軽機関銃で撃ち始める者も出た。

 ペンギンは戦車が母体だ。

 対戦車ライフルでもなければ、貫通弾などない。

 ペンギンの二十ミリ機関砲が銃撃を開始した。

 手だけを出して、バルチュ伍長が盲撃ちしている。

 だが、これだけ敵が密集していれば、撃てば当たる状態だ。

 カカカカンと、音を立てて揚陸艦の防護板をたやすく二十ミリ機関砲が貫通していた。

 防護板に張り付いていた、兵士から血煙が上がり、糸の切れた人形のように次々と倒れてゆく。

 ライフル弾、拳銃弾、軽機関銃弾、あらゆる小型携行火器の銃弾が、あらゆる角度からペンギンにぶち当たる。

 鋼の撃ちあう音の乱打。

 百五ミリ砲の咆哮。

 砲身脇の同軸機銃までがその音の洪水に加わる。

「止まるな! 走れ! 走れ!」

 恐怖に駆られた米兵の銃撃は、深刻な同士討ちを誘発していた。

 パニックはさらに拡大してゆく。

 ペンギンは走った。

 まるで死を引き連れた黙示録の騎士の様に。

 死だ。死が積み重なってゆく。

 機関砲の連続音。

 野太い百五ミリ砲の砲声。

 それは死を運ぶ角笛の音だ。

 おもちゃの様に、ごみ屑のように、人が吹き飛んで、人ではないものに変容してゆく。

 ペンギンは、きっと血まみれだ。

 海面上はいたるところに死体が浮かび、揚陸艇やアーミーダックの残骸が漂う。

 海面にこぼれた燃料が、何かに引火して炎を巻き上げる。

 海上に投げ出され、装具を外して必死に泳いでいた兵士が、その炎の中に消えた。

 ペンギンはその炎を、つんざく様にして走る。

 上空から見れば、海上を埋め尽くす揚陸艇の群れを断ち割るようにして走るペンギンの姿が見えるだろう。

 血と油と硝煙のにおい。

 空薬莢を捨てながら、バウムガルテン一等兵がげぇげぇと薬莢排出口から吐いていた。

 

 不意に視界が開けた。

 揚陸艇の群れを突き抜けたのだ。

 遥か前方には、傾いた駆逐艦が見える。自由諾国艦隊の駆逐艦ズベンナー号だった。

 ル・アーブル海軍基地から長躯走ってきたSボートの魚雷を受けたのだろう。

 しかし、勇敢なSボートの姿はない。おそらく、撃沈されたのだろう。木造のSボートは奇襲こそが役割であり、こうした対艦戦闘むきではない。

「全機反転! もう一度断ち割るぞ!」

 一斉にペンギンが回頭する。

 今度は背後から揚陸艇の群れを襲うつもりだった。

 揚陸艇の動きは既に烏合の衆と化していて、海岸に向かう者、沖に後退しようとするものが互いに衝突しあい、陸からの砲兵による砲撃も加わり、その混乱に追い打ちをかけていた。

 

 絞め殺された鶏のような音がして、衝撃にペンギンたちは揺れた。

 今までのペンギンの海戦では、見たことがない巨大な水柱が林立したのだ。

 駆逐艦の更に後方にいる、戦艦の艦砲射撃だった。

 英国海軍ライオン級戦艦ドレットノート号。同級戦艦サンダー号の片舷掃射だった。

 

 

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