勇敢なコルベット艦たち
シャーマンDDとペンギンでは、水上での動きの質が違う。
コルベット艦の射線を常に意識し、動きの鈍いシャーマンDDを盾にしながら動く。
動くときには、その盾を捨てるかのように至近距離から砲弾を撃ち込み、次のシャーマンDDを盾にする。
一方的な殺戮だった。
イラだったフラワー級コルベット艦が、わざと陸に接近して座礁する。
歩兵を守るために前進したはずのシャーマンDDが今全滅しようとしているのだ。
上陸するため、押し寄せてくる歩兵たちのために、我が身を犠牲にして砲台を買って出たのだ。
たちまち、火点からの機関砲や迫撃砲がコルベット艦に集中する。コルベット艦の対空砲である四連装QF2ポンド砲も水平射撃で制圧射撃を加えており、トーチカと激烈な砲戦が繰り広げられる。
「車長! クロコダイルだ! トーチカ殺しだぜ! 上陸させちゃマズいっす!」
砲手のクラッセン軍曹が叫ぶ。
彼が私を『車長』と呼ぶときは、あわてている時だ。
クロコダイル。ベースは英国のクルセイダー歩兵戦車。戦車砲の代わりに、火炎放射器を装備していて、トーチカごと中の兵員を焼き殺すのを目的としている戦車だ。
トーチカがどれだけ頑丈でも関係ない。
炎につつまれ、中の機関砲銃手は酸素を奪われて、窒息死してしまう。
クロコダイルの他に、巨大なキャタピラをクレーンで吊るしたような戦車も見える。シャーマン戦車をベースにした、地雷除去用の工作車だ。
巨大なキャタピラだけを、行く手に先行させ、地雷を誘爆させて歩兵や戦車の通り道を作るつもりなのだ。
こいつも上陸させてはいけない。
海岸側で、もう一度一斉にUターンをする。
わざと座礁した勇敢なフラワー級コルベット艦が、ポンポン砲を振り向け、ペンギンをに銃弾を浴びせてきた。
射抜かれたら、命とりのエンジンルームの上に、数発の着弾があったが、それは跳弾して虚空に消えた。
ボフォース四十ミリ機関砲なら、多分やられていた。
貫通力が低いQF2ポンド砲で、助かったというべきか。
案外、この座礁したコルベット艦は厄介だ。度胸も据わっている。さすが、海軍の伝統が長い英国。臨機応変に最善手を打ってくる。
想定より沖で上陸部隊を放出した、兵員輸送部隊の失策をすかさず埋めてきたのだ。
兵員輸送部隊は、米国軍。勝ち戦の時は勢いがあるが、想定外のことがあると腰砕けになる傾向はあった。今回はその悪い面が出てしまったのだろう。
昨夜、後方に降下した空挺師団の任務のひとつに、内陸部にある砲台の制圧あったはずだ。兵員輸送部隊は大口径の砲の砲撃を受けない予定だった。
しかし、数発の砲弾を至近弾で食らった。
アフリカで植え付けられた、独軍の砲兵への恐怖感は、そのままパニックを引き起こしたのだ。
あとでわかったことだが、降下地点を誤った空挺部隊はまとまった人数で行動することが出来ず、装備を積んだグライダーともまともに接触できず、拳銃や騎兵銃などの手持ちの武器だけで、しかも、たった百五十名の空挺隊のみで、砲台を攻略していたらしい。
クラッセン軍曹は、
「英国は、前線の指揮官つうか尉官クラスに優秀なのが多いですね。米軍は、現場の下士官が優秀っす」
と言っていた。国によって軍隊事情も異なるのだと、感心したことを思い出す。
なるほど、フラワー級コルベット艦の指揮官は尉官クラス。私の哨戒艇を一瞬で叩き潰したアネモネ号も、艦長は大尉だった。
重機のような異形の戦車を運ぶ輸送船が、わざと座礁したコルベット艦の護衛射撃範囲内に入ろうと、回頭していた。
重い戦車を積んでいるので、モタモタと遅い。
ペンギンは走る。自在に海を。
巨大な筏にエンジンを付けたような輸送船が、ブローニングM2機関砲を撃ってくる。
Sボート相手なら、有効だっただろう。
ただし、我々ペンギンの母体は傑作戦車であるⅣ号戦車だ。貫通力減衰のためのシュルツェンもある。
銃弾はまともにP-07が受けて立った。
眼に見えないハンマーを持った小人が一斉にP-07をハンマーでぶん殴っているかのような、着弾音が響く。
「殴り返せ!」
機内の結露が、衝撃で飛び散る中、私が叫ぶ。
「言われんでも!」
クラッセン軍曹が、そう言うや否や、百五ミリ砲が咆哮する。
露天銃座である、輸送船の機関砲は、榴弾の直撃を受けて飛び散る。
クロコダイルを固定していたワイヤーがはじけ飛び、トーチカ殺しの異名をもつ、胸くそ悪い戦車が、ズズズと斜めに傾いた。
クロコダイルのハッチが開いて、戦車兵が転がり出てくる。海に落ちれば、海底までまっさかさまだ。
P-07の後ろに位置していた、P-21のMk103三十ミリ機関砲が火を噴く。
まるで、おもちゃの様に戦車兵たちの四肢が千切れ飛び、肉塊と化して飛び散る。
至近距離の三十ミリ機関砲は、スポスポとクロコダイルの装甲を貫通し、火炎放射器の燃料に火災を引き起こした。
輸送船は、一瞬にして炎に包まれた。
火だるまになった、船員が叫びながら海に飛び込み、そのまま動かなくなっって海に浮かぶ。
重機のような異形の戦車を運ぶ輸送船は、ペンギンによって次々に沈められてゆく。
後の研究で、『オマハビーチ』が最も被害が大きかった要因の一つは、戦車部隊が海岸まで到達出来なかったことにあるとされた。
その陰に、ペンギンたちの活躍があったことは、公式な記録には一切残っていない。




