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『幸運の七番』 未だ健在なり

 岩陰からペンギンが一列になって走り出る。

 上陸の橋頭堡となるべく、シャーマンDDが苦労しながら波を乗り越えているのが見えた。

 この戦車は、M4シャーマンという米国の主力戦車に、なんと布製の舷側を取り付け、水上航行を可能にした戦車だった。

 あくまでも、渡河作戦や、海からの上陸作戦のために作られた戦車なのだが、ペンギンと異なりあくまでも陸上が彼らの主戦場になる。

 海上航行に特化して陸上を切り捨てたペンギンとは基本の構想からして異なる。

 シャーマンDDは、あくまでも『泳げる戦車』なのだ。

 こんな波濤を乗り越える構造にはなっていない。


 至近距離から、コルベット艦が四インチ砲を我々に撃ってきた。

 見ただけで、シャーマンDDの不利を悟ったのだろう。

 方向転換もままならないシャーマンDDが、必死に増速していた。

 早く地面に履帯をつけ、超信地旋回(左右の履帯を逆に動かし、機体を回転させること)でペンギンに狙いをつけたいのだろう。

「アフリカで、シャーマンとは遣りあったっすよ。正面装甲はまぁまぁなんで、側面を狙いましょうぜ」

 クラッセン軍曹が意見具申する。

 私は戦車戦の経験などないので、否も応もない。

「鈍亀野郎の横をすり抜ける。側面装甲にくらわせてやれ」

 無線に向かって私が叫ぶ。

 もたもたと方向を変えようとしている、シャーマンDDの正面から突っ込み、直前でフリッパーターンを決める。

 ラグビーのサイドステップのように、カクンと軌道を変え、P-07はシャーマンDDの左脇をすり抜ける。

 必死にシャーマンDDも砲塔を動かしていたが、追尾など出来るわけがない。こっちは時速九十キロ近い速度で走っているのだ。

「ドンピシャ」

 百五ミリ砲が、シャーマンDDの砲塔側面に激突する。

 火花が散った。衝撃で砲塔の配線が故障したのか、砲塔の動きが止まる。

 P-21が、球形砲塔をくるりと廻して、P-07とは反対の右側面をすり抜ける。連装Mk103三十ミリ機関砲が、薄いシャーマン戦車の側面装甲を抉る。

 布張りの舷側に穴が開き、カカカカカンという甲高い音とともに、側面装甲に穴が開いた。

 機関砲弾は、シャーマン戦車の中に飛び込み、跳弾して跳ねまわり、乗員は悲惨な目にあっただろう。

 P-20が、我々と同じく左側面を通過しつつ、至近距離から百五ミリ榴弾砲を叩き込む。

 エンジンルームを射抜いたらしいその砲弾は、シャーマンDDのハッチというハッチから紅蓮の炎を噴きださせた。

 

 ガーンと巨大なハンマーで叩かれたような音は、砲塔にシャーマンDDの七十六ミリ砲が当たった音だ。

 角度がよかったので、砲塔がその砲弾を弾く。

 砲塔内の結露が飛び、ペンキ片が散る。

「こなくそ!」

 装填を終えた、クラッセン軍曹が即座に反撃の砲弾を放った。

 我々の砲弾は、正面装甲にある操縦手席のフラッペにぶち当たり、大穴を開けた。

「正面装甲の、唯一の弱点すよ」

 内部で榴弾の鉄片が跳ねまわったその戦車に生存者はおるまい。

 三台づつ、きちんと並んで海岸を目指していたシャーマンDDが、てんでバラバラに動き始めた。

 同士討ちを恐れて、コルベット艦は砲撃が出来ずに、仕方なしに前に出てシャーマンDDたちを守ろうと試みていた。

 我々は一列縦隊だ。

 正面に砲を向けなければ、同士討ちはない。

 そして、ノロくさいシャーマンDDを器用にすり抜けてゆく。

 彼らを盾にとりながら、撃てばいい。

 これだけ密集していれば、どれかに当たる。

 

 我慢できずに、ブローニングM2機関砲を、一台が撃ち始めた。

 我々の姿を追尾することが出来ず、その威力ゆえ『ミートチョッパー』と仇名される機関砲は、もたもたと回避行動を取っている僚機の側面を撃ち抜く。

 機関砲銃手は完全にパニックになっており、我々を追尾しようと、重いM2機関砲を振り回している。

 布製の舷側を引き裂かれて、沈む機もあった。折り畳み式の舷側がないと、シャーマンDDは、浮いていられないのだ。

 友軍の銃弾で側面を撃ち抜かれて、砲弾庫に引火し爆発する機もあった。

 我々は、弾を込めては撃つ。命中率はほぼ百パーセント。

 特にP-21の機関砲が混乱を助長している。

 三十台もあった、シャーマンDDは、あっという間に半数に減ってしまっている。

 我々が手を下すまでもなく、無理な姿勢制御を行って、転覆する者もいたのだ。左右にフロートを備えたペンギンと違って、シャーマンDDは、水上では極端なトップヘビー構造。方向転針は命とりだ。


 パニックになった機銃手が、キューポラから身を乗り出した車長に撃たれて、海に転げ落ちる。

 その車長も、誰かが撃った七十六ミリ砲の流れ弾の直撃を受けて、赤い霧に変わってしまった。

 気が付けば、我々はシャーマンDDの群れを突き抜けていた。

 コルベット艦からの四インチ砲が、次々と着弾してきて、水柱が林立する。

 しかし、P-07には一発も命中弾はなかった。

 『幸運の七番』

 その神通力はいまだ健在らしい。


「反転! もう一度、シャーマンDDの群れを突っ切るぞ!」

 船舶ではありえない角度で、ペンギンが一斉にUターンした。

 虚をつかれたコルベット艦の着弾は、ばらけた。

 やはり、一発の命中弾もない。

 

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