黒猫部隊 解散
P-08の姿は見えない。
セイレム号の脇腹にひっつくようにして、ほぼゼロ距離射撃で、喫水線を叩いているのはP-20とP-22だ。
P-21は、彼らを怒り狂ったワイルドキャットたちから庇うようにして動き、対空砲火を浴びせている。
何発の砲弾が至近距離からセイレム号のどてっ腹に撃ち込まれたのだろう。破孔の数からみて二十発以上は撃ち込まれているはずだ。
それでも、セイレム号は沈まない。艦砲と戦車砲は前提からして違う。装薬の量からして違うのだ。
ボイラー室に損傷を与える、爆雷が誘爆する、などのラッキーパンチでないかぎり、外側の装甲を貫通し、隔壁も貫き、砲戦で甚大な被害を与える事は出来ない。
露国では艦砲をそのまま駆逐戦車に積んだ例はある。そんな無茶は独国ではない。だが、ティーゲルⅠなどに搭載されている八十八ミリ砲などは、副砲として艦艇に積まれることはあるらしい。
ペンギンの役目は、対艦戦闘では至近距離に類する三キロメートルの距離で艦上構造物や喫水線に損傷を与え、快速の駆逐艦を足止めすること。
相手をイラつかせ、ムカつかせることが寛容なのだ。
だからといって、豆鉄砲では相手にもしてもらえない。
標準的な駆逐艦の装甲厚はおおよそ四十ミリ。
その鋼板を三キロメートルの距離から抜く性能がある砲で在庫が多いのは? と、考えると解はⅣ号戦車になったというわけだ。
損傷しか与える事が出来ないのなら、それを多く積み重ねればいい。
そういう発想で、今回の作戦は組み立てられた。我々には、航空支援も、大型艦艇による支援も、何もないのだ。
手持ちの武器で何とかするしかない。代用兵器ペンギンの宿命だ。
護衛空母は、本来は巡洋艦として建造された船体に、無理やり滑走路をつけたものだ。
船体のバランスは悪い。
だから、浸水目的で船体に穴をあけ続ければ、いつかはバランスを失う。
その過程で弾薬庫や燃料タンクに引火すればラッキー。ベストの結果は撃沈。それが無理でも損傷個所を多くして、再起不能を狙いたい。
黒煙が上がっていたセイレム号だが、突然炎が吹き上がった。
誰かが放った幸運な一弾が、航空燃料の補給管に命中したのだろう。
滑走路上に、みるみる火災は広がり、出撃待ちしていたワイルドキャット二機を包む。
ワイルドキャットの燃料にも引火して、爆発がおこる。
破孔を開けられ続けている左舷側にぐらりとセイレム号が傾いた。
セイレム号までおよそ三キロメートルまで接近した我々は、やっと現場に到着したアンブローズ号とベイカー号を相手に、P-08が必死の防戦を繰り広げているのを目視した。
更に大きな爆発がセイレム号で起こり、滑走路の一部が内部から爆ぜたようになった。
ワイルドキャットを船倉から滑走路に上げるためのエレベーターシャフトに燃えた燃料が流れ込み、待機中の機体が炎上したのだとわかった。
退け時だろう。
P-07は、砲弾をセイレム号に放ちながら、P-20、21、22の脇を走った。
発光信号で撤退を指示する。
三機のうちの誰かが、無線でP-08のバウマンにも通信したらしい。
三つ巴の機動戦闘からP=08が抜け出し、遁走に入る。
我々の隠れ場所があると疑われているフィヨルド方面に走った。
遠くで、三度目のセイレム号の爆発を確認した。
撃沈できたかどうかは、わからない。
だが、少なくともしばらくは使い物にならなくなる程度には痛めつけてやったはずだ。
今回はUボートとの連携はない。
我々に出来るのはここまでだった。
高速輸送船団ニ十隻は、ファイヤフォックス号に守られて、無事に露国に到着。
P-08と交戦したアンブローズ号、ベイカー号は損傷軽微。
P-07と交戦したクリストフ号、ディーン号は中破。二ヵ月間のドッグ入りを余儀なくされた。
停船しP-07の進路を遮ろうとしたエストック号は、煙突基部を貫通した榴弾によってボイラー室に甚大な被害を受けた。機関砲銃座も破壊され、再艤装と修理のため米国に曳航されていった。
護衛空母セイレム号は、航空機燃料への引火よって火災が発生し、被害甚大。執拗に砲撃された喫水線の損傷も深かったが、基地のある氷国までは到着出来たらしい。
しかし、修理にはかなりの時間を要すること、米国までの航海に耐えられそうもないことなどを理由に、氷国で浮き砲台として座礁することとなった。
セイレム号の護衛空母としての役割は終わったのだった。
六度の無傷での輸送に成功した『ブラックキャット・エクスプレス』は、同日をもって解散となった。
戦車砲で艦砲と戦わせることに疑問が提示されましたので、その回答を物語に組み込んでみました。
説明不足の部分の穴埋めが出来ればいいのですが……
実際、ドイツの戦車隊と艦艇とで砲撃戦はあったみたいです。
結果はお察しのとおり、戦車側の大敗。
直接殴りあっても、勝てるわけないんですよね。
ご指摘下さった方には感謝申し上げます。




