表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/173

黒煙を上げるセイレム号

 数十メートルの距離。

 水平に撃てば、喫水線のどこかに当たる。

 ディーン号上の兵器は、仰角いっぱいまで下げても、小さなペンギンには届かない。ペンギンはコバンザメの様にディーン号に張り付き、反撃されないまま好きなだけ撃てる状況だった。

 喫水線に大穴を開ける。

 そのために、残されたHEAT弾を全て注ぎ込む予定だ。

 追撃しようという気さえ起こさせないまま、素早く離脱するのが目的だった。

 艦橋の張り出しや、マストから、ライフルの狙撃があった。

 だが、ペンギンはベースが戦車である。対戦車ライフルでもない限り、貧弱な上面装甲ですら抜くことはできない。

「こんなの、本当は好きじゃねぇすよ」

 ぶつぶつ文句を言いながら、クラッセン軍曹が撃つ。

 HEAT弾特有の鋭い炸裂音がして、ディーン号の舷側装甲が爆ぜたようになった。

 私は、執拗に機銃掃射を避難用ゴムボートに加えていた米軍機の事を思い出していた。

 戦争は軍事行動だ。私怨を晴らす場所ではない。そう、何度も心の中で唱えても、ワインを飲みすぎた後の二日酔いのように胸が悪くなる。

「やれ。手加減はいらん」

 気が付くと、そんなことを言っていた。

 ぎょっとしたかのように、クラッセン軍曹が私の方を見る。

 私は、クラッセン軍曹の視線を受け止めて微動だにしなかった。

 彼は私の眼の中に何を見たのか、不意に視線を外し、「装填急げ」とバウムガルテン上等兵にがなった。

 それきり、この戦闘中、彼は私を見ることはなかった。


 喫水上に五つの大穴が開いた。

 舷側を超えて艦上構造に被害が出るように、榴弾もぶち込んでいる。

 ディーン号上の混乱は見ていて可哀想になるほどで、船乗りだった私はその惨状は理解できる。

「仰角一杯に上げろ。艦橋に置き土産だ」

 離れ際、艦橋をピンポイントで狙う。私はそう命じた。

 ダメージを与える事が出来れば、更に混乱は広がる。

 トップスピードで、ディーン号から離れる。

 射界に艦橋が入ったと同時に、百五ミリ砲が咆哮を上げた。

 外しっこない距離だ。

 過たず榴弾は艦橋の指揮所の側面に命中し、派手な火花が散った。

 キラキラと光りながら落ちて行くのは、ガラス片だろう。ぼっかりと大穴が艦橋の指揮所の脇に開いていて、手すりに下士官らしき死体がぶら下がっているのが見えた。海上を目視で監視していた船員だろう。

 ヒュンヒュンと音を立ててボフォース四十ミリ機関砲弾が頭上を飛び去ってゆく。

 それも、ひときわ大きい火災が煙突基部から上がると、沈黙したのだった。

 組みつき、殴り、離れた。

 相手はがっくりとひざをつくかのように、動きを止めている。

 撃沈まではいかないだろうが、少なくともセイレム号救援には間に合わない。

 P-07は二隻を行動不能にし、一隻の武装を使用不能にした。ワイルドキャットは二機撃墜。

 堂々たる戦果だった。しかし、秘匿された部隊であるので、軍報には掲載されることはない。我々は名目上は存在しない幽霊部隊なのだから。


 ディーン号を置き去りして、P-07は走る。

 無線が使えなくなった今、P-08と合流し、状況を確認後に撤収の時期を極めなければならない。

「発光信号機、よこせ」

 装填手のバウムガルテン一等兵に命じる。

 この凍てつくバレンツ海の中、重い榴弾を次々に装填していた彼は、筋骨隆々たる体からムラムラと湯気を出し、びっしょりと汗をかいていた。

 装備がしまってある木箱から、銃爬がついたメガホンのような道具を取り出して私に差しだした。

「水を飲め。脱水症状になるぞ」

 私はそういって、発光信号機を受け取る。バウムガルテン一等兵は、ぐいっと袖口で額の汗をぬぐい、

「うす。そうします」

とだけ言った。


 水平線に黒煙が見えた。

 ブンブンと飛び回るワイルドキャットも見える。

 海上から曳光弾が走り、まるで作物を荒らす害鳥の群れを叩き落とそうと、誰かが竿を振り回しているように見えた。

 私は、『カニ眼』を覗いた。距離があるので、双眼鏡では状況が見えない。

 そして私は黒煙を上げるセイレム号を見たのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ