ディーン号を追い詰めろ
クラッセン軍曹が、『当てる』と宣言して、外したことはほとんどない。
今回も、彼の宣言通り、エストック号の魚雷発射管と機関砲銃座がある地点に百五ミリ榴弾砲を命中させたのだ。
側面から攻撃してくるディーン号の銃撃を回避するため、動き回っている機体なのだ。
見事狙ったところに命中させるのを見ると、何かマジックでも使っているのではないかと思うほどだ。
再び機関砲銃座がある場所に着弾。榴弾の鉄片が飛び散って、跳弾の火花が飛んだ。
露天銃座であるボフォース四十ミリ機関砲銃手はたまったものではないだろう。
十秒間隔で次々と大口径の榴弾が飛んでくるのだ。死傷者が多く出て、まさに阿鼻叫喚の地獄図になったはずだ。
援護のため、一番から五番の主砲が火を噴く。
優秀なことに百メートル以内に水柱が五本立った。
対艦戦闘なら、どれかは命中しているだろう。だが、全長八メートルぽっちのペンギンに百メートルの誤差は至近弾とも言えないものになる。
停船状態だったエストック号が、たまりかねたかのように、動き始める。
ディーン号は、P-07への砲撃をやめ、高速輸送船団の方向に舵を切った。
小癪なP-07との戦闘をやめてしまったのだ。
獲物がくたばるのを待っているハゲワシのように上空で旋回していたワイルドキャットも飛び去る。
彼らの慌てたような動き。おそらく、セイレム号が砲火を浴びているのだ。
「ディーン号の尻に食いつけ!」
離れようとする今まで我々と併走していたディーン号と同じ方向に舵を切った。そして追跡を開始する。自分の何倍もある巨大な牛を追い立てる牧羊犬のように。
ディーン号の無防備な船尾を縦射する。
千メートル以内の距離からの砲撃だ。しかも相手は、急ぐあまり回避行動すらとっていない。われらが砲手のクラッセン軍曹にとって、これは射的の的のようなものだ。
百五ミリ榴弾の着弾で、荷揚げ用のクレーンが倒れ、爆雷投下軌条が飴細工の様のひん曲がる。
後甲板最後尾の五番砲塔のガンハウス(砲撃観測所)に命中があったのは、上出来すぎるほどの効果だ。
唯一、追尾してくるP-07に反撃できるのは、五番砲だけだったのだから。
ガンハウス(砲撃観測所)が無くなったということは、最新鋭のレーダー測距のデータを有効に活用できないということだ。
自動から手動への切り替えにモタつくところは、海上戦闘経験が少ない米国海軍の欠点だ。
応用力に関しては英国海軍の方が数段上だろう。なにせ、漁船を改造しただけのフラワー級コルベット艦で、独国海軍最精鋭のUボートに対抗していたのだから。
精彩を欠いた反撃しかできなくなったディーン号に容赦なく百五ミリ榴弾が降り注ぐ。
HEAT弾が命中した五番砲塔からは黒煙が上がり、爆雷投射装置もガラクタの山に代わっている。
装薬に引火したのか、すざまじい爆発音とともに五番砲塔が浮き上がり、斜めになって後部甲板に落ちる。
火災も発生したようだ。
わらわらと、保安船員が甲板上に上がってくるが、そこは百五ミリ榴弾の鉄片の嵐の真っただ中だ。
バタバタと彼らが倒れてゆく。
それでも、艦を、仲間を救おうと、甲板に走り出てきて、果敢にも救助や消火の作業をしていた。誰かが倒れれば、別の誰かがとってかわる。そのようにして、作業は進んでいた。
「もう十分だ、ディーン号の脇腹をすり抜けるぞ! HEAT弾で大穴あけてやれ」
交戦規定でころではなかった。今や、P-07はディーン号の甲板を走り回る水兵たちの顔すら判別できるほどの至近距離を走っていて、これを抜き去ろうとしていた。
HEAT弾が命中すると、喫水線上に穴が開く。
距離が近すぎて、狙うまでもない。撃てば当たる状態だ。
対して、ディーン号からは、喫水の高さの差で、四十ミリ機関砲の死角に入られている状態で、P-07を撃つことはできない。
勇敢な水兵が、機関銃を身を乗り出すようにして撃ってきたが、クラッセン軍曹が、同軸機銃を打ち込むと慌てて死角に引っ込んだ。
問題は離れ際だ。
至近距離から主砲を撃ち込まれるのはご遠慮願いたいところ。
「主砲を撃つどころじゃない状態にしましょうぜ」
クラッセン軍曹が言う。
多分、彼が考えいることは私と同じだろう。
「何発残ってる?」
と言う私の問いに、
「五発っすね」
と即答したのが、その証拠だ。
HEAT弾をありったけ、喫水線上に叩き込む。
ボクサーが懐に飛び込んで、ショートアッパー気味のボディを何発も打ち込むようなものだ。
かなりの海水がディーン号に流れ込むことになるだろう。
船員を片側に集め、更にポンプで注水して艦を傾け、そうすることによって破孔部分を露呈させ、そこに応急の詰め物をする。
そういった作業をしないといけないところに追い詰めてしまおうというのだ。
「やってやれ!」
「了解っす!」




