遠距離打撃戦 開始
赤いアイスキャンディを思わせる曳光弾。
激怒したスズメバチさながらに飛来する通常弾。
そして花火のように、ポンポンと爆ぜるVT信管の弾。
二隻の駆逐艦から放たれるボフォース四十ミリ機関砲の弾丸は、これらが混ぜ合わされているようだ。
レーダー測量は、我々のような測距儀による目視よりだいぶ正確で、そのあたりは、経験と技量でカバーするしかなさそうだ。
主砲でペンギンを仕留めるのはあきらめたらしい。ペンギンを水面ぎりぎりを低速で走る戦闘機と定義するなら、主砲を撃つと言う選択肢は切り捨てられる。
足を止め、浮き砲台に徹する覚悟を決めたエストック号の集弾率が上がってきている。
正面装甲側なので、幸いなことに貫通弾はない。
ただし、距離が接近するにつれ、初速の減衰効果がなくなってくるので、ペンギンの装甲をもってしても、危うい。
目安は五百メートルというところか。
ボフォース四十ミリ機関砲の五百メートルでの貫通力は、おおよそ八十ミリ。これは、ペンギンのいちばん厚い砲塔前面の装甲に等しい。
銃弾の進入角度によっては、正面装甲すら抜かれてしまうのだ。
それゆえ、適正交戦距離を二千メートルに定め、限界接近距離を千メートルにしたのだ。
ガチンという鈍い音は、シュルツェンを貫通した機関砲弾が側面装甲にぶつかった音。
我々と併走しているディーン号との距離は千メートルを切っている。
ベーア曹長の巧みな操船でなんとか集弾されるのを防いでいるが、P-07は一種の綱渡りをしているのである。
甲高い鐘のような音は、砲塔の正面装甲が弾を弾いた音だ。
砂利を叩きつける様な音は、VT信管による鉄片が機体を叩く音。
機銃手のバルチュ伍長を引き上げさせたのは正解だった。
これほど、四方八方から鉄片が叩きつけれるとなると、露天銃座は地獄の釜の底なみだろう。
足を止めた全長百二十メートルの的。それがエストック号だ。
ディーン号の執拗な銃撃を避けるため、変則的な動きを繰り返すP-07だが、これだけ的が大きいと砲撃の名手であるクラッセン軍曹は外さない。
どこに当てれば効果が高いか? それだけを考えて撃てばいい。
私は『カニ眼』を覗きながら、着弾の観測を行う。
私からの報告を受けて、クラッセン軍曹が微調整を行うのだ。
誰も真似できないのは、そのさじ加減を『経験則』『直感』だけで完結させてしまうことだろう。
クラッセン軍曹の脳の中には、米軍が駆使する射撃指揮システムと同等かそれ以上の仕組みが備わっているというわけだ。
「機関砲銃座をつぶしちまいましょう。弾種榴弾! 装填急げ!」
私は『カニ眼』の焦点を、艦橋と煙突の間に合せる。
距離はおおよそ二千メートル。『カニ眼』ではエストック号の姿を見ることが出来るが、クラッセン軍曹が覗いている照準器では、小さな黒い点しか見えないはずだ。これで、どうやって当てているのか、私には理解できない。
床にあるペダルを踏んで、同軸機銃を発射する。
赤い曳光弾が飛んだ。
私には計り知れない計算が、クラッセン軍曹の中で行われ、微妙に仰角を上げる。
引き金が引かれる。
野太い百五ミリ砲の砲声。
七十五ミリ砲と違って、初速が遅い百五ミリ砲は山なりの弾道で飛ぶ。
着弾地点がブレるのはそれが原因だ。
戦車乗りたちは、それも計算に入れて戦車砲を撃つらしい。目分量と勘だけで。
『カニ眼』の中のエストック号の煙突に火花が散る。
着弾はややズレ、煙突に大穴を開けたのだ。
「やや左に流れた。煙突に当たったぞ」
こんな曖昧な情報で、射撃指揮システムばりのクラッセン軍曹が計算ほ補正している。
「うし、次は当てるっすよ」




