VT信管
誘爆の可能性があった装填中の爆雷と魚雷が使用された。発射管には魚雷は再装填されず、爆雷発射装置と投下軌条にも爆雷はエントリーされていない。
「さあ、殴りあおう」
駆逐艦はそう言っているのだ。
我々は、全長百二十メートルもある駆逐艦二隻と全長八メートルのちっぽけな体で立ち向かおうとしている。
戦力差など、比べるべくもない。頭がおかしくなければ、逃げ出すべき状況なのだ。
だが、P-07は逃げない。やっぱり、頭がおかしいのだろう。
ワイルドキャット四機は、高度をとった。機銃が残り少ないのだ。止めを刺すタイミングで、上空から突っ込んでくるつもりだろう。
同僚の二機を落されいるのだ。何が何でも殴り返さないと気が済まないというところだろう。
遥か上空で旋回する姿は、獲物がくたばるのを待っているハゲワシの様だった。
Uボートを警戒して、ジグザク航行を行いつつ、高速輸送船団は西南方向に走っている。
そのずっと後方には護衛空母セイレム号とファイアフォックス号が殿軍となってP-08を遮断しており、その更に後方には、我々が引き離し置き去りにしたアンブローズ号とベイカー号がP-08たちを背後から襲うべく急行しつつある。
我々が執拗に喫水線を叩いたクリストフ号は、応急修理の最中だろうか。大穴が開いたままでは、速度が出ない。
南西にひた走る高速輸送船団の頭を押さえるようにP-07は北北西に向かって進路を取っており、P-07の進路に直角に交わるように遮断に走っているのが、エストック号だ。
ディーン号は、我々の進攻ルートと平行に走りつつ、側面攻撃を与えられる位置に着こうと、回頭をしていた。
そんな俯瞰図を頭なのかで組み立て、P-07がどうすればいいのか、判断しなければならない。
あくまでも、高速輸送船団が標的であると見せかけるのが肝要だ。だから、高速輸送船団と交叉するコースを採っているのは正しい選択だ。
だからこそ、船団の護衛のために二隻の駆逐艦が出張ってきたのだ。これはつまり、セイレム号の防備を二枚引き剥がしたことになる。
「ディーン号は無視しろ! 標的はエストック号! すり抜けざま、喫水線を叩く!」
ペンギンの艇長は方針を決めるのが主な仕事だ。
操船も砲撃も技術が特殊すぎて、口をはさむことが出来ないから。
一部署一責任者という、特殊な指揮系統ゆえ、艦艇というより戦車の運用に近い。戦車がベースなのだから、当たり前といえば当たり前だが。
大きくジグザクに走る。
これは、回頭してP-07と併走するコースをとりつつ、片舷斉射を加えてくるディーン号の照準を狂わせるため。
変則的なペンギンの動きに、射撃指揮システムは有効に効果を発揮できていない。
いち早く進路を変更して、P-07を遮るコースを採ったエストック号は、ディーン号が有効打を浴びせてくれると信じて、我々の行く手に停船した。
艦同士の砲撃戦なら動いていた方がいい。
ただし、小型で当てにくい的であるくせに、備砲は強力と言うペンギンに対して機動戦は駆逐艦に不利になるばかりだ。
多少の損害を覚悟して停船し、命中精度を上げようとする試みは、一つの考え方であり、根性の据わった決断だ。
「ペラペラの装甲の分際で、浮き砲台になるつもりかよ。クレイジーな奴だ」
ベーア曹長が、忙しく舵を切りながら言う。
重装甲高火力の戦艦が、こうした戦法を採ることはある。海軍が長いベーア曹長はそのことをよく知っている。
だが機動力が身上の駆逐艦がこうした戦法を採るなど前例はない。駆逐艦は別名『ブリキ缶』と仇名されるほど、貧弱な装甲なのだ。
「なめやがって! 望み通り、穴だらけにしてやるっすよ」
カチカチと砲の向きを微調整しながら、クラッセン軍曹がつぶやく。
水柱が立ち、氷の様に冷たい霧が散る。
淡い陽光に、虹がかかった。
ブンブンと激怒したスズメバチのように、四十ミリ機関砲が飛来する。
併走を始めたディーン号が、全ての砲を右舷に向けて、ちょこまかと動くペンギンを撃ち始めたのだ。
艦艇を相手にしているという考えは捨てたようだった。
海面スレスレを飛ぶ航空機を落す。そんな感覚で臨むことにしたらしい。
その証拠は通称VT信管と呼ばれる一定の距離を飛ぶと炸裂する弾頭を使い始めたから。
米国の最高機密の兵器で、一九四三年はじめ頃に使われはじめた、特殊な弾頭だ。
私は技術士官ではないので、詳しい事はわからないが、磁気に反応して炸裂するという特性があるらしい。
ペンギンは鋼鉄製。
四十ミリ機関砲弾が近くを通過しただけで、弾頭が爆発四散するのだ。
ペンギンの装甲は戦車と同じ。四散した鉄片などでは致命傷は無い。だが、機関砲銃座は、危ういかもしれない。
「バルチュ! 機内に戻れ! 早く!」
バム、バムと破裂した機関砲弾を見て、防弾版の下に伏せていた機銃手のバルチュ伍長が、二十ミリ機関砲をロックして、砲塔によじ登ってくる。
私は、キューポラから滑り降りて、バルチュ伍長に場所を開けてやった。
奇声をあげてバルチュ伍長が頭からキューポラに飛び込んでくる。
無線機の残骸に頭をぶつけたようだが、それ以外に怪我はないようだった。
「高射砲用のVT信管ですぜ! あいつら、俺を殺そうとしやがった」
頭をさすりながら、バルチュ伍長が毒づく。
「エーミール、鉄兜をどうした?」
私が訪ねると、彼は初めて鉄兜がないことに気が付いたようだった。
「あれ? さっきまで被ってましたよ」
こいつが鉄兜を無くしたのは二度目だ。
「あとで探せ。今は、バウムガルテン一等兵を手伝ってろ」
私は、再び艇長席に戻り、キューポラのハッチを閉めた。
視界が狭くなってしまうが、鉄片が飛び散る中、生身でキューポラから頭を出すつもりはない。
「米軍ならVT信管を使うかも」
という情報提供がありましたので、早速使ってみました。
情報をくれた方には感謝申し上げます。




