頭がおかしい連中
通信機がいかれた。
P-08たち、護衛空母攻撃の四機がどうなったか、わからなくなってしまった。
私からの通信も途絶えたので、P-07が撃沈されたという状況も加味して、今後の戦術をバウマン大尉は頭の中で組み立てているはずだ。
軽口をたたき、道化を演じているが、彼は海軍士官らしい合理的な判断力を持っている男だ。
バウマンを信じる。彼もまた、私を信じて戦っている。
ディーン号とエストック号の距離が二千メートルを切った。
無駄弾を撃ってこないところを見ると、あらかじめバレンツ海に出没する正体不明の小型艇の情報を仕入れていたということだ。
「バレンツ海の亡霊船には砲弾は当たらない」
そんな噂が米英の護衛艦隊に流れていると、カエルは言っていた。
大航海時代の迷信深い船員ではあるまいし、『亡霊』の部分は信じていないだろうが、砲弾が当てにくいということは事前情報として頭の中に叩き込んでいるのだろう。
ワイルドキャットは、めっきりと掃射しなくなってきた。
ブローニングAN/M2の装弾数は二百四十発。そろそろ、弾切れだ。
駆逐艦と殴りあっている間、ペンギンの足が止まったタイミングで、効果的に弾を撃ち込む算段だろう。
急降下しては、『撃つぞ』という姿勢を見せて、そのまま何もせずに飛び去る。そんな動作が多くなった。
P-07は、無線機を壊されたくらいで、重大なダメージは受けていない。負傷者もいない。弾も燃料も十分ある。二隻の駆逐艦とダンスを踊る余力はあるのだ。
駆逐艦は左右に分かれた。
十字砲火の構えだ。全長百二十メートルもあるれっきとした戦闘艦が、全長八メートルのちっぽけな代用兵器に対し、まるで対艦戦闘を挑むような運用ではないか。
危険な個体と、彼らはペンギンを認識したということ。相手の油断を誘う戦法は使わない方がいいかもしれない。
最新鋭の駆逐艦を本気にさせたのだ。それだけでも、開発者のカール・フェルゲンハウワー技術中尉はお手柄と言える。
思考を変える。駆逐艦同士の戦いなら、彼らはどうする?海軍の経験がある士官は私だけだ。
魚雷。
思いついたのはこれだ。
フレッチャー級駆逐艦は、魚雷発射管を持っている。
備砲では仕留められない戦艦などのどてっぱらに、打ち込むための設備だが、対艦戦闘が始まる際は、誘爆を恐れて投棄を兼ねて遠距離からぶっ放してくることがある。
我々と対戦した駆逐艦たちのなかで、爆雷投下軌条にラッキーな砲弾が命中して、大破した艦があった。
それも情報として、彼らは共有しているだろう。
おそらく、発射待ちの爆雷は投下廃棄されている。
次は、発射管に装填されている魚雷を投棄しているはず。
「魚雷くるぞ、全速前進! このエリアから離脱しろ!」
魚雷はおそらく接触信管ではなく時限信管に切り換えているはずだ。
深度は『浅深度』に調整されている。いうなれば、走る爆雷。命中精度など必要ない。
指定したエリアを広範囲で吹っ飛ばせばいい。
固い装甲を誇るペンギンだが、船底はペラペラだ。爆圧で底を抜かれては、ひとたまりもない。
「急げ!」
怒鳴りながら、海面を見る。
気泡が走っていた。
予感は当たった。やはり撃ってきたか。
レーダー測量で距離は正確に読み込まれている。魚雷の速度と距離で到達時間を割り出し、一斉に爆発させる。
まさか、こんなちっぽけな艦艇に? という心理的な盲点をついてきたのだ。
「魚雷だって? ペンギンに?」
ベーア曹長が素っ頓狂な声を上げる、船乗りだった彼は魚雷の怖さを知っている。
「こんな、ちっぽけな船に、当たりませんぜ」
「とにかく、急げ。コンラート! 時限信管だ!」
爆発は突然だった。あと少し、判断が遅かったら、爆発エリアの真っただ中に取り残されるところだ。
十六本もの魚雷が、示し合わせたように同じ場所で爆発した。
その衝撃は大きく、鋼鉄の塊であるペンギンが、一瞬浮か美上がるほどだったのである。
ジグザグ走行の余裕はなかった。
動きが直線になると、途端にワイルドキャットが残り少ない機銃を惜しみなく撃ってきた。
幸いなことに、エンジンルームの装甲版を撃ち抜く銃弾も、機体内部に飛び込む銃弾もなかった。
『幸運の七番』。その愛称にふさわしい悪運の強さだ。
「脅かしやがって! ディーター軍曹! クソ駆逐艦に、特大のクソを叩き込んでやれ!」
私は思わず汚く罵っていた。
「お下品ですぜ、シュトライバー大尉殿」
照準器を覗きながら、笑みを含んだ声で砲手のデイーター・クラッセン軍曹が言う。こいつに『下品』と言われる様じゃ、おしまいだ。
「百五ミリのくそ、発射!」
ドカンという発射音。
「榴弾のくそ、装填完了」
装填手のバウムガルテン一等兵までが、くそ呼ばわりしている。
ゲラゲラと、全員が笑っていた。あと少しで死ぬところだったのだ。こいつらは、頭がおかしい。
一緒になって笑っている私も、頭がおかしいのだろう。




