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命冥加な男

 私は戦術家ではない。

 だが、独国が早晩負けるのはわかる。

 堂々と同じ航路で輸送船を通過させるほど、我々はナメられている。それが証拠だ。そして、殴り返す拳を持っていない。

 ではなぜ戦うのか? そこにいつも思考が戻る。

 高山植物学者を目指していたボーグナイン少尉は、この戦いに意味はあるのかと私に問うた。

 その結論は、なんとなく私の胸の底にある。だが、言葉にしようとすると、全てが嘘くさくなってしまうのだ。

 だから、私は多くの死を背負いつつ戦い続けるしかない。あの日、死ぬべきだった私が生きている。生きてしまった。だから、死ぬまでは生きる努力を続けるのが私の義務なのだ。


 護衛空母を叩く。

 そう決めた。私はそれでまた死を積み重ねることになるが、それは私があの日背負った宿業というものだろう。

 P-07を追い抜きざま、機銃掃射が浴びせられる。

 ちょこまか動くペンギンにかなりイラついて、ムカついているのか、ワイルドキャットたちは、無理な接近をするようになっていた。

 距離が近ければ、銃弾は外れない。そういう理屈だ。

 ただし、距離が接近するということは、こっちからの反撃の銃弾も近い距離から撃てる。

 斜め後方から、二列に並んだ水柱の列が接近してくる。

 着弾直前に、フリッパー・ターンを仕掛ける。

 今度は、ワイルドキャットの方が、ヤマ勘で角度を変えてきた。

 私は、キューポラから砲塔ないにずり落ちるようにして、掃射から逃げる。

 ガガガンと鋼が打ちあう音が響く。砲塔の上に着弾があったのだ。砲塔内部にひっこんだ私の上に、ばらばらとペンキ片が降り、キューポラののぞき穴のガラスが砕け、火花が散ってどこかの配線が焼けた。多分、無線機がいかれた。

 ついていたのは、銃弾が砲塔に集中したこと。ペンギンで一番厚い装甲をもっているのが砲塔だ。

「危なかったっすね。大丈夫っすか?」

 むしろのんびりした口調で、砲手のクラッセン軍曹が言う。

「無線機はそうもいかなかったみたいだがな」

 鉄兜を被りなおし、穴の開いた無線機を眺めながら私はそう答えた。

 キューポラの覗き穴から飛び込んだ銃弾は、無線機を粉々に砕いて、艇長席の背もたれに食い込んで止っていた。

 跳弾になって、機内を跳ねまわれば、タダでは済まなかっただろう。ここまで威力が減衰していたということは、砲塔の装甲で跳ね返った弾が偶然キューポラののぞき穴から飛び込んできたというのが真相かもしれない。

 思い切ってずり下がらなかったら、私の胴体には拳が通るほどの大穴が開いていただろう。

 我ながら、命冥加な男だと思う。

 

 P-07に機銃を当てた代償は、反撃の二十ミリ機関砲だった。

 装甲で固められたペンギンと違って、航空機はそうはいなかい。近距離なら、優秀な連装二十ミリFlak C/30機関砲だ。エンジンと翼を撃ち抜かれてよろよろと飛んでゆき、炎に包まれる。

 燃料に引火したのだ。

 ドドーンという轟音とともに、水柱が四つ並ぶ。

 輸送船団とP-07の間に立ちはだかるディーン号とエストック号が三千メートルの距離まで接近してきたのだ。

「殴り返せ!」

 私は、艇長席によじ登りながら叫んだ。

「言われんでも、やりますぜ」

 百五ミリ砲が反撃の咆哮を上げる。

 無線機がいかれてしまったので、P-08の状況が掴めない。

 とりあえず、私はひたすら二隻の駆逐艦と、残った四機のワイルドキャットと戦うしかなさそうだ。

 もしも、護衛空母に何かがあったなら、駆逐艦の動きが変わるはずだ。それで、察するしかない。

「マイクチェックする。聞こえたら挙手しろ」

 全員の手が上がった。タコマイクは無事だったようだ。

 無線は調べるまでもなく、壊れているのがわかる。

「我々の無線機は壊れた。連携はとれなくなった。単独で戦うしかない。引きつけるだけにしようかと思っていたが、ディーン号とエストック号は痛めつける事にする。そのつもりでいろ」

 上空には四機のワイルドキャット。

 そして二隻の最新鋭駆逐艦。

 上等じゃないか。運命が私にまだ生きよと命じているならば、きっと切り抜けられる。P-08とひよっこたちを信じて戦うだけだ。

 

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