城門は開いた
ワイルドキャット六機、一個飛行小隊の引きつけることが出来た。これは、護衛空母セイレム号の艦載機のニ十パーセントを我々A部隊の本体から引き剥がしたことになる。
駆逐艦を何事もなかったかのように叩き行動不能にし、交戦海域を堂々と横切ったのだ。
日国のソード・マスターの方法論ではないが『イラつかす、ムカつかす』ことは、出来ただろう。
P-07が採っているコースは、あからさまに輸送船団と交叉するコースだ。ワイルド・キャットからは、通信が本隊に行ってるはず。
阻止するために、船団に随伴している三隻の駆逐艦のうち、最低二隻はこっちに向かってくる。
そのために、過剰にクリストフ号を叩いたのだ。『ブラックキャット・エクスプレス』にとって、P-07は小癪な小型艇だった。イラついて、ムカついている。
背後から、急降下しつつワイルドキャットが機銃掃射してくる。
至近距離からの貫通力の高いブローニングAN/M2機関砲は、薄い上面装甲を射抜く可能性がある。油断はできない。
ジグザグ航行をしながら、ひたすら輸送船団と交叉するコースを走る。
狭い護衛空母に対応できるように改良を加えられたFM-2というバージョンのワイルドキャットは、この機の原型であるF4Fとはまるで別物と考えた方がいい。
軽量化が図られた結果、低速時の旋回性能がいいのだ。
日国が誇る零戦とも、まぁまぁの戦いを繰り広げているという噂があるほどに。
だが、低速時の反応がいいとしても、ペンギンの背後にピタリと張り付くことはできない。
艦艇としてはかなり高速な部類に入るペンギンだが、航空機がその速度に合わせると失速してしまう。
だから、追い抜きざまに機銃を掃射するしかないのだが、カクン・カクンと折れ曲がる様なペンギンの動きを追尾できないのだ。
さらに低速でも安定するフェアリー・ソードフィッシュの方が、ペンギンにとって脅威だったのは、そういうことだ。
あっという間にクリストフ号が叩きまくられたことを受け、やはり二隻がP-07を遮るコースに舵を切ってきた。
ナンバーは『DD-474』と『DD-477』だ。資料によればディーン号とエストック号。ともに建造したての最新鋭の駆逐艦。
この二隻もイラつかせ、ムカつかせないといけない。
次々と急降下してきては、機銃を撃ってくるワイルドキャットを、フリッパー・ターンのような、ペンギン独特の動きで回避しながら、二隻の駆逐艦の方向に進路を採る。
何発か、まぐれ当たりの着弾はあったが、運よく補強された個所に命中していて、被害はない。
我々『幸運の七番』の愛称は伊達ではないのだ。
駆逐艦一隻を、戦線離脱させた。
ワイルドキャットは六機を引きつけた。
そして、今二隻の駆逐艦を引きつけつつある。
時計を見る。
置き去りにしたはずの、アンブロース号とベイカー号がそろそろP-08たちの交戦海域に到達する頃だ。
P-07で出来るだけ、障害は取り除いた。
今、護衛駆逐艦セイレム号は、一隻の駆逐艦ファイアフォックス号に守られているだけである。
セイレム号が本丸ならば、城門は開けた。
ぶんぶん飛び回るワイルドキャットは厄介だが、彼らが帰る場所を奪ってしまえば、燃料が尽きた時点で全機撃墜と同じになる。
何もないバレンツ海だ。不時着できる場所もない。フロートのついていないワイルドキャットは、海面に激突して沈む運命だ。
「城門は開けた、全機、突撃!」
P-08たちが、同じ場所でモタモタしていたのは、わざとだ。セイレム号へ一気に接近する機を計っていただけなのだ。
P-07が陣形を崩した。
魔女の首を狩るのは、今。
P-07からは見る余裕がないが、一気にトップスピードでP-08以下三機は突進しているだろう。
せっかく、交戦海域に到達して挟撃しようとしていたアンブローズ号とベイカー号はまたもや置いてきぼりになった。
P-07を追尾していた六機のうちの一機が、背後について機銃掃射をする。
エンジンを切り、滑空しながらの捨て身の攻撃だった。
バルチュ伍長の連装二十ミリFlak C/30機関砲が迎え撃つ。
まともな殴り合いになった。
ペンギンの機体後方のフロート兼シュルツェンに何発かの銃弾が当たり、貫通して本体にもぶち当たる。
狂った大勢の小人がハンマーで機体を殴りまくっている様な音が響いた。
エンジンを撃ち抜かれたらまずい。射線からはずれるため、フリッパー・ターンをする。
ワイルドキャットは、つんのめるように海面に飛び込み、バウンドしてひっくり返った。
その間も、バルチュは銃弾を浴びせており、ワイルドキャットの風防のガラスが割れ、パパパッと、赤い物が散る。
「くそ! クレイジーな奴だ!」
バルチュ伍長が、震える声で毒づく。彼の銃座の装甲では、至近距離のブローニングAN/M2の銃弾は防げない。
生身で戦闘機に立ち向かった気分だっただろう。
幸いなことに、機銃は下向きに放たれた。海水とシュルツェンの減衰効果のおかげで、エンジンルームは無事だ。




