長距離砲撃
P-08と最も離れているのが、私のペンギンだ。
距離は十五キロメートルから十二キロメートル。アクセルをベタ踏みして、急行すれば十分以内に到着する。
『不死身の八番』と呼ばれるにはわけがある。操船が巧みなのだ。操縦手のアウグスト・ベックマン上等兵は寡黙な男だが、我々の誰よりも小型艇勤務が長く、Sボートや哨戒艇ばかり勤務してきた腕っこきだ。
大型艦艇の操舵手としての勤務が長いベーア曹長より、小型艇の扱いは慣れている。
P-07の意表をつく大胆な操船に対して、P-08の『ダンス』と呼ばれる繊細な操船は好対照と言われたものだった。
今、襲い掛かるワイルドキャット相手に、変幻自在のダンスを踊っていることだろう。
ペンギンは、次々と戦闘海域に到着する。標的が増えれば、個々のペンギンの負担は軽減される。
セイレム号のワイルドキャット積載数はおよそ三十機。それを全部出しても、ペンギンを攻撃できるのは一機か二機だろう。上空で待機しながら、急降下しての銃撃の順番を待つというのが、過去の交戦経験からみた、彼らの戦術だ。
真上に砲塔を向けることが出来る『クーゲルブリッツ』の球形砲塔は、これら上空待機組に対しても弾をばら撒くことが出来る。
Mk103三十ミリ機関砲の最大射程は七キロメートルと長い。ボフォース四十ミリ機関砲60/Lと、ほぼ同等だ。
ただし、ばら撒く弾数が違う。Mk103は一分間に四百発。ボフォースは百二十発だ。
五機の横隊の中央に位置していたP-21の『禿ペンギン』と、P-08との距離は六キロメートル。全速で走れば四分で交戦海域に入る。
そろそろ、P-08から一報が入ってから四分だ。P-21のつるりとした禿頭を思わせる球形砲塔が、ありえない角度で上向き、撃ち始めた頃だろう。
「二千メートルの距離で、護衛空母を叩く。狙いが付き次第撃て」
私の指示に、了解を示して砲手のクラッセン軍曹が拳を突き上げる。
自他ともに認める砲撃の名手。P-07の要は彼だ。
機関砲をタタタン・タタタンと、断続的に撃つ音が聞える。
これはタップ撃ちといって、三発撃っては止め、ることを繰り返す技法だ。ベルト給弾方式になって、続けて射撃できるのはいいが、銃身がブレで命中精度が下がるし、加熱によって銃身が損傷する。
これらの障害を避けるための機銃手の常識なのだそうだ。いちいちマガジンを交換するペンギン本来の対空砲『連装二十ミリFlak C/30機関砲』と違って、ずっと連射できるMk103はそこに気を付けないといけないらしい。
上空には、怒ったスズメバチの様に、ぶんぶんとワイルドキャットが飛び回っている。
やっと、P-07もそれを目視することが出来る距離まで接近できたのだ。
一機とはいえ、対空に特化した備砲をもつP-21の参戦で、前回よりは優勢だ。次々に襲い掛かってくるワイルドキャットを牽制しつつ、じわじわと護衛空母の方向に進んでいる。
交戦海域を外側から回るようにして、現況を確認する。
護衛空母は輸送船に十隻と一緒に、ひたすら先を急ぎ、駆逐艦三隻が当方に駆けつけ、残りは船団を三角形に囲むようにして、対潜防御の陣形を組んでいる。
ペンギンが来たということは、Uボートの待ち伏せがあると警戒しているのだ。
だが、今回はUボートの支援はない。標的は、護衛空母。『黒猫』たちは、我々の意図には気が付いていない。
航空機を避けながら、駆けつけてきた三隻を振り切る。
労せずして、守りの駒を三枚剥がせたのは上出来だ。
折を見て、三十ノットで逃げる本隊を追う。
それまでは、せいぜい駆逐艦を叩く素振りを見せなければならない。
少し距離があるが、駆逐艦の鼻さきに一発砲弾を叩き込んでおこう。生意気な小型艇めとばかり、こっちに喰いついてくれればしめたものだ。
「目標、先頭の駆逐艦。艦名不明。威嚇射撃を行う。当ててもいいんだぜ? クラッセン軍曹」
距離は四千メートル以上。揺れない陸上戦闘でも、命中は至難の業だ。
「当てたら、ジン一本おごってもらいますぜ」
帽子を後ろ前に被り直し、クラッセン軍曹が照準器を覗く。殆ど見えないだろう。勘で当てるしかない。
「乗った。当てて見せろ」
ワイルドキャットは、こっちに目が向いていない。
この隙にベーア曹長が速度を二十五ノットに落とした。機体が安定する。
「撃ちますぜ」
祈る様な声で、クラッセン軍曹がつぶやいた。




