ブラックキャット・エクスプレス
定期的に、グスタフ・マイネン少佐はバレンツ海を飛ぶ。
露国から諾国沿岸を巡り氷国に郵便物を運ぶ氷国から委託を受けた民間企業を偽装していて、堂々と米英の警戒網内部を監視しているのだ。
航空支援がないので、軍による偵察飛行はできない。ならば、諜報部が氷国に拠点を作り、民間人に成りすますしか手段はない。
グスタフ・マイネン少佐の機は、実際には露国には向かわず、途中から大きくルートを変えてベア島に来る。
そこで、予め島に運び込んでおいた燃料を補給するのだ。
もちろん、まもなく補給用潜水艦『乳牛』も到着する。ホッキョクグマとアザラシしかいなかったベア島は、ペンギンの拠点として、着々とその姿を整えつつあったのだった。
ずっと、海上にあった我々だが、大地に足を降ろせるのはいい気分転換になる。狭いペンギン内部に押し込められていると、憂鬱になるばかりだ。
『ブラックキャット・エクスプレス』と名付けられた、米国発、氷国経由、露国行きの輸送船団は、イリーナとニーナを撃墜し、我々を敗北させた護衛空母セイレム号を旗艦とし、最新鋭のフレッチャー級駆逐艦アンブローズ号、ベイカー号、クリストフ号、ディーン号、エストック号、ファイアフォックス号の六隻で構成されている。
母港は氷国のレイキャビク。当初は英国が占領していたが、米国・氷国防衛協定によって米国軍が氷国に駐留しているのである。
フェロー諸島同様、独国からの侵略から英国本土を守るためという旗印のもとに、軍隊を持たない氷国を無理やり占領したのだ。市民による反感は根強く、独国情報部はそこに付け込んで、民間航空会社などをでっち上げているというわけだ。
独国人っぽくない、グスタフ・マイネン少佐を使ったのも、そうした偽装工作の一環なのかもしれない。
氷国に潜入している工作員との連絡は、マイネン少佐の手によって行われている。輸送船団の情報は、マイネン少佐を通じてフェロー諸島のカエルにもたらされ、ラジオ放送を通じて暗号で我々が受信する。
もう一度、護衛空母セイレム号たち『ブラックキャット・エクスプレス』と戦わなければならない。
もはや護衛を引き剥がすのが役目ではなくなった。
セイレム号を撃沈するのが、我々の任務になったのだ。航空機を随伴した高速輸送船団を、成功例にさせてはいけない。
今夜のラジオの解読担当は私だった。
いまいましい、リリーなんとかが流れ、私はメモを用意して待つ。
ラジオのパーソナリティが世間話をしている。
キーワードを書き留めてゆく。
猫、天気、トランプ、戦車、飛行機、風、空……など。
解読の前に、わかる。ワードが多いのだ。この暗号には、『ブラックキャット・エクスプレス』の情報が必ず含まれている。
いつの間にか、操縦手のベーア曹長と砲手のクラッセン軍曹が、私の背後にいて、手元のメモを見ている。
「来ますか」
ベーア曹長が、解読表をめくり始めた私に言う。
「多分な」
メモを変換させながら、私はそういった。
「セイレム号の畜生っすよね。今度こそ、砲弾を叩き込んでやる」
ぽきぽきと指の関節を鳴らしながら、砲撃の名手クラッセン軍曹が呟く。
「各艇長を集めてくれ、いよいよ戦だ」
無言で、ベーア曹長とクラッセン軍曹が小屋の外に出て行く。
私は、珈琲の準備を始めた。
ブリーフィングが終われば、しばらく珈琲は飲めないだろう。凍てつくバレンツ海を我々は突き進まなければならない。




