故郷の山河のために
航空機支援、高速輸送船団と、輸送コストが増大したとはいえ、米国にはまだ余力は十分ある。
九ヶ月前、一九四三年一月にレニングラードへの陸上輸送ルート――通称「命の道」――が、独軍の包囲網をこじ開けるようにして開通してからは、バレンツ海経由の輸送が活発化し、それに伴い露軍の攻勢はますます強くなっていった。
降伏した伊国北部に、防衛線であるグスタフ・ラインを敷いた欧州戦線よりも、露国との東部戦線を脅威と見なしている海軍総司令官になったデーニッツは、Uボートによる絶望的な通商破壊を継続しており、それを助けるために、ペンギンの役割も重要視されている。
『発見できない』『追いつけない』『攻撃手段がない』の三重苦を解消するには、もはやペンギン抜きではどうしようもないところまで追い詰められていたのである。
ペンギン自体も、投入当時の精彩はない。
第一作戦群P-01からP-10のうち、生き残っているのはもはやP-07とP-08だけであり、投入されたばかりの第二作戦群も、すでに半数が撃沈されている。
バレンツ海を攻撃範囲に納めるのは、今では我々A作戦グループの五機だけであり、警戒網はまるでザルだった。
我々には『眼』が必要なのだが、航空戦力がない。
しかし、戦死したニーナとイリーナの乗機のような、水上機に改造したフェアリー・ソードフィッシュ等の小型航空機は有効であることが証明されており、鹵獲した航空機が優先的に当方に諜報部経由で回されることになっていた。
ただし、フグロイ島は航続距離の長いマスタングの捜索範囲内になっているので前進基地としては不適格になっており、本拠地の移動が必要になっていた。
バレンツ海上で輸送船団を迎撃するなら、絶海の孤島であるベア島かフィヨルドのどれかが前進基地としては的確であり、慣れ親しんだフグロイ島の岩場から移動する時期だ。
敵のど真ん中に隠れているのも、なかなかスリルがあったのだが、もう我々には余裕がない。
禿ペンギンことP-21でフグロイ島に戻った私は、長い間留守にしていたP-07に移る。乗員たちに「おかえりなさい」などと言われると、この無骨な鋼鉄の棺桶が我家みたいに思えてくるのが不思議だ。
私は対空戦車クーゲルブリッツの砲塔を採用させるまでの経緯を皆に説明し、今後はP-21に上空を守らせながら、集中攻撃を行う方式を採用することを宣言した。
しつこいワイルドキャットの機銃掃射に悩まされていた我々は、これが打開策になるよう、祈るばかりだ。
本拠地移動については、とりあえずベア島に移ることで同意された。フグロイ島があるフェロー諸島が本拠地であるカエルとは、これでお別れになる。
「ベア島には、情報部所属の航空兵が着任しているはずです。それと、ベア島には発電機と通信施設を設置しておきましたし、燃料や砲弾の備蓄を少しづつ進めていますよ」
急に老け込んでしまった感じのするカエルが、我々に言う。
英国内で、偽装作戦かどうか判別しなければならない複数の作戦が進行中で、『羊』と『牛』によって壊滅状態になった独国の諜報網再構築に苦戦しているそうだ。
「間違いなく、来年、何かあります。偽装作戦があること自体、これを証明しています。アマラとカマラが、命がけで探ってきた『ノルマンディ』です。必ず裏付けして見せます」
カエルも戦っている。それこそ、命を削るようにして。我々も凍えるバレンツ海で命をかけなければなるまい。
東部戦線の兵士のため。絶望的な戦いを強いられているUボート乗りたちのため。そして、故郷の山河のために。




