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ニンジン

 『敵が強くなったということは、輸送コストが増大したことを示し、P作戦は成功と言える』

 自分で言っておきながら何だが、これは屁理屈だ。しかし、ホフマン大佐は大いに気に入ったようだった。

 要するに、この男はせっかくディートリッヒ大佐の手柄を横取りしたのに、思ったよりスコアが伸びないことに不満を募らせていたということだ。誰かから、これは失敗ではないと言ってほしかっただけ。

 これは、ホフマン大佐がデータや数値でしか戦場を見ない暗愚な指揮官の証拠なのだが、私は部下を死なせないために、この男を利用しなければならない。

 このままではペンギンたちはジリ貧だ。戦う手段がなければ、戦えない。

 馬鹿を煽てるくらい何ほどの事ではない。


「聞いたことがありますか、ホフマン大佐。『クーゲルブリッツ』という試作戦車を。技術士官のカール・フェルゲンハウワー中尉なら知っているかと存じますが、密閉式の回転砲塔を備えた、対空戦車です。当初の計画では、車台はⅣ号戦車だったとか。ペンギンはⅣ号戦車がベースです。どこかにクーゲルブリッツの砲塔が残っていれば……」

 私は、最後まで言わなかった。理由は簡単、ホフマン大佐に締めくくらせるためだ。最後の一言を言うことで、あたかも自分の発案と思い込ませるのが目的だった。

「……換装できるというわけだな? シュトライバー大尉」

 私は、頷き「ご賢察です」と答えた。狙い通り、ホフマン大佐は私のアイディアを自分の案として具申するつもりになったらしい。

 手柄はもっていくがいい。我々は実益を頂く。

「開発部には、多少コネがある。何せ、P作戦は総統閣下も注目しておられる。早速、打診してみよう」

 懐かしいフレーズが出たところで、本来私への軍法会議の前調査だった面談は終わった。

 もう、ホフマン大佐の頭の中には『軍法会議』の文字は消えているだろう。

 ホフマン大佐の執務室の前の廊下には、P-21艇長のクルト・ヴァランダー准尉がいた。

 私の証言の裏付けのため、ホフマン大佐に呼ばれていたのだろう。私をみて、何かバツの悪い顔をしたのが、その証拠だ。

「大佐殿は、忙しいと思うぞ。君は早々に帰されるはずだが、私は食堂で待っている。終わったら来い」


 司令部の食堂で、珈琲を飲んでいると、十分もしないうちにヴァランダー准尉が顔を出した。

「いったい、どんなマジックを使ったんですか? シュトライバー大尉?」

 私は彼に珈琲をとってやり、勧めた。

 ヴァランダー准尉は礼を言って、それをすする。

「ペンギンの操作と同じだよ。敵が何を望んでいるかを読む。『アドルフ殿』の望むものは?」

 私の謎かけに、ヴァランダー准尉は少し考え、

「それは、『手柄』ですね」

 と、答えた。彼は、生意気な若者だが頭は良い。上手く導いてやれば、いい士官になるだろう。

「正解。ニンジンをぶら下げたら、それを追って走って行ったよ」

 ヴァランダー准尉が、私の露骨な比喩に共謀者の笑みを浮かべる。

 生意気なヴァランダー准尉は、さぞホフマン大佐に目をつけられていたことだろう。そして、ヴァランダー准尉のような男は、押さえつければ押さえつけるほど反抗する。

 

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