敗北主義者の烙印
無傷で、全ての輸送船を通過させてしまった。
護衛艦隊に関しても、一矢も報いることはできなかったと言っていい。
完敗だった。これで、攻勢を強める東部戦線の露軍に貴重な補給物資が渡ってしまった。
フィヨルドまで走り、ワイルドキャットの追撃を振り切る。彼らは、随伴空母の戦闘機なので、深追いはしてこなかった。我々を追い払うのが最優先。撃沈は優先順位が下がるというとことなのだろう。
我々A部隊の指揮は、バウマン大尉に臨時代行させた。私は、P-07を降りてP-21に移り、ロストックに向かうことになった。残り四機は、フグロイ島に戻る。
P-21は、修理が必要だった。正面からワイルドキャットを迎撃した際、運悪く照準器に銃弾が当たってしまったのだ。
照準器は破壊され、飛び散ったガラス片で砲手が負傷した。命に別状はなかったが、負傷したのが眼なので、完全に回復するまで砲手を務めることはできないだろう。交代要員が必要だった。
私は、撤退を指示したことについて、軍法会議にかけられるはずだ。
ちょび髭伍長におもねる信奉者どもが、撤退を命じた指揮官に『敗北主義者』の疑いがないか審査する仕組みを作ったから。
前線で、指揮官が不足する理由がこれだ。普段は、よほどのことがない限り黙認されるのだが、現在のP部隊司令官は『アドルフ殿』こと、アルブレヒト・ホフマン大佐である。形式通りに審問を行うことだろう。
「自分は、撤退に反対しました」
ロストックに近づくと、それまで沈黙を保っていたP-21艇長のクルト・ヴァランダー准尉が不意に口を開く。
私は、砲手席に座っていたが、振り返ってかれを見ることなく
「覚えているよ」
とだけ答える。
「尋問されれれば、正直に答えます」
こいつは、何を言いたいのかと思っていたが、これで理解した。私を庇うような発言をするよう、強要されると思っているのだ。
「虚偽の報告は、偽証罪だぞ。正直に言えばよろしい」
撤退の判断は間違っていない。敵の規模を見誤ったのだから、被害が大きくなる前に撤退したまでだ。
対抗する手段があればそれを使う。私はそのような手段はないと判断した。ペンギンの対空機関砲は、敵機を『撃墜』より『追い払う』ことに主眼をおいたものだ。
十何機もの戦闘機には対抗できない。
「まだ、戦闘は継続できました」
面倒な……と、思った。ヴァランダー准尉は悔しいだけなのだ。腕もいい。鼻っ柱も強い。だから、活躍する気満々で着任したのだ。その初陣が負け戦なのが悔しくてしょうがないらしい。
「それを判断するのは、貴殿ではない」
私は、ピシャリとそういって、彼を黙らせた。部下の前で指揮官をしかりつけるの良い事ではないが、仕方ない。
「生きて、もう一度殴り返す。ただし、策を練った後だ」
P-21の砲手は衛生兵に引き渡された。
私は基地の中枢になっている缶詰工場に向かった。
すこし見ないうちに、ロストックも爆撃にさらされるようになったらしい。北海のどこかに空母が遊弋していて、航続距離が長い艦載機ヘルキャットが夜間爆撃に来るらしい。
まだ、軍事拠点とはバレていないのか、それほど激しい爆撃ではないので、探りを入れる様な意味合いがあるのだろう。
Uボートの掩蔽ドック(ブンカーという)がある、北海のヘルゴラント島や、ロストックに近いキールなどは軍港として有名なので、何度も大規模な爆撃を受けているらしい。
灯火統制の港を歩く。缶詰工場に向かっていると、武装親衛隊が、私を迎えに来た。
「アルフレード・シュトライバー大尉ですか?」
「そうだ」
「ご同行願います。貴殿には戦線放棄の疑いがかかっています」
さっそく、審問にはいるというわけか。
敗北主義者の烙印が押されるかどうか、ここが分かれ目だ。




