撤退 敗北
どうしても、距離を詰めることが出来ない。
ペンギンが海に出た時から懸念していたことだが、やはり航空機がペンギンの天敵のようだ。
動き回らないと、機銃で脆い上面装甲を抜かれる。装甲が補強された後期型ペンギンは多少マシだが、『ミートチョッパー』の異名をもつ、強力なブローニング二十ミリ機関砲を至近距離で受ければ、抜かれる可能性が高い。
減速しすぎると失速してしまうので、航空機側は直線的な動きしかできないが、こう数が多いと連携しての攻撃が可能になり、ペンギンは止まる事が出来ない。
常に高速で動くことになると、ペンギンのキモの一つである砲撃の精度が絶望的に下がるのだ。
従って、船団を攻撃どころではなく、機関砲を撃ちまくりながら、逃げ回るだけになってしまう。
ペンギンのあり方を、見直す必要がある。このままでは、狩られる一方だ。
私は、苦渋の決断を下さなければならなくなった。
すなわち『撤退』である。戦果は、ワイルドキャット一機撃墜のみ。
わざわざ囮になってくれた、ニーナとイリーナに合わせる顔がないが、生き残らないと、この戦闘経験はフィードバックされない。
私は、無線機を取り上げ、回線を開く。
「総員聞け。このまま、フィヨルド方面に後退。我々は戦線を離脱する。殿はP-07、P-21。バウマン大尉は、P-20、22を率いて撤退を開始せよ」
受信応答のクリック音が二つ。バウマン大尉は、わざわざ回線を開いて
「いい判断だと思う。撤退を支持する」
と言ってきた。軍法会議になった場合、連座する覚悟を私に示したのだが、吊るし上げられるのは私だけでいい。
「承服しかねます!」
強い口調で反論してきたのは、P-21のクルト・ヴァランダー准尉だった。
まぁ、気持ちはわからないでもない。だが、ここはカウンセリングを行う場所ではなく、軍隊だ。可哀想だが、力でねじ伏せるしかない。
「指示に従い、対空戦闘を継続せよ。P-21は我に続け」
船団に深く食い込んだ我々が、殿軍となってじりじりと後退する。小刻みに左右に動きながら、機関を反転させ正面装甲を空母と駆逐艦に向けながらの後退だ。
フレッチャー級駆逐艦ラザフォード号は、深追いしてこなかった。近接戦闘用に作られていないセイレム号も同様だ。
ワイルドキャットは、相変わらず巣を守ろうとする蜜蜂の様に、ブンブンと我々の頭上を飛び回り、次々と降下してきては機銃掃射してくる。
我々は回避が精いっぱいで、撃墜など望めない。一機落とされてから、迂闊にこちらの射線に入ってくるワイルドキャットは居なかった。
斜め上から、上面装甲が叩かれる。主要な部分は中空装甲で守られていたが、当たり所が悪ければ撃ちぬかれるだろう。我々は、何発も銃弾を浴びたが、貫通弾が皆無だったのは単に運が良かったからに過ぎない。
航空機相手では、強力な百五ミリ砲も役に立たない。同軸機銃を撃って相手を驚かせるくらいしか砲手に役目はなかった。
まったくもって、完敗だ。我々は遠距離砲撃どころか、接近すら出来なかったのである。この成功例をもって、建造中の大型駆逐艦や巡洋艦の一部が、軽空母に換装されることになるだろう。
輸送船団は、鈍足の徴用商船を、旧式のフラワー級コルベット艦などに守らせる従来の方法から、高速輸送船を最新鋭の駆逐艦と護衛空母に守らせる方法へと進化した。
ペンギンは、今のままでは、その進化に追いつくことが出来ない。




