護衛空母セイレム号
ペンギンは海を駆ける。
駆けつづけなければ、機関砲の餌食だ。
P-21にとっては、厳しい初陣になってしまった。だが、彼らは必死にP-07にくらいついてきている。操縦手も機銃手も、腕は悪くない。彼らに必要なのは、実戦だけだ。それで一皮むける。
我々は、右に左にワイルドキャットからの急降下機銃掃射を躱しながら、前に、前にと進んでゆく。
上空には十二機のワイルドキャットが、二機のペンギンを狙って旋回していて、一瞬も気が抜けない。
私も、既にP-21に注意を向ける余裕がなくなってきて、無事回避を続けることを祈るくらいしか出来なくなっていた。
必死で、空母の姿を探る。米英の海軍が使用する短波レーダーがあれば、目視で捜索する必要もないのだが、独国の海軍にはそんな技術は無い。
レーダー技術に関しては、数歩遅れをとってしまっているのが現状だ。
砲身の脇に装備された、同軸機銃が発射される。
双眼鏡で左右を見ていて気がつかなかったのだが、真正面から水面スレスレに降下してきたワイルドキャットが、ブローニングAN/M2を撃ってきたのだ。
艇長席にズリ落ちるように、キューポラ内に頭をひっこめる。
「くそっ」
操縦手のコンラート・ベーア曹長が罵りながら、やや左に舵を切る。
戦車で言うところの『豚飯の角度』だ。射線に対し、斜めに車体を向けることにより、意識的に傾斜を作りだし、砲撃を弾きやすくする戦車兵の技法だ。
ガンガンガンと、機関砲弾がペンギンの装甲にぶち当たる音とともに、ペンキ片と結露の水滴が艇内に飛び散る。
我々の頭上を飛び去ったワイルドキャットに、反撃の連装二十ミリ機関砲が襲う。
至近距離から、無防備な腹側を撃たれたワイルドキャットは、不可視の巨大な手でもぎ取られたかのように、左に翼が弾けとんだ。
バランスを取ろうとよろめいているところに、P-21の機関砲が集中する。ワイルドキャットの胴体に無数の穴が開き、コクピットの風防が割れ飛び、エンジンが火を噴く。
そのまま、ワイルドキャットは何度か海面をバウンドして、爆発してしまった。燃料に引火したのだ。
「やった! やりましたよ! シュトライバー大尉!」
短距離用の無線から、クルト・ヴァランダー准尉の興奮した声が聞こえる。
「よくやった! 次くるぞ! フリッパー・ターン!」
我々は、徐々に輸送船団との距離を詰めていった。
上空を舞うワイルドキャットの数は、一機撃墜したものの、その数は十七機に増え、次々と降下しては機関砲で掃射してくる。
決死の覚悟で稼いだ距離だ。それでやっと空母の姿を見つけた。
もともとはファーゴ級巡洋艦として計画され、建造途中で中止された船体らしい。名前は、セイレム号。ファーゴ級巡洋艦には、古い都市の名前がつけられる。
座標を、通信する。
六機のワイルドキャットと交戦中のP-08、20、22も移動を開始したはず。
我々は、とにかく、状況をかき回す。走り続け、撃ち続けるだけだ。
「ディーター! 空母だが狙えるか?」
機関砲が飛び交い、戦闘機の轟音が響き渡る中、私は砲手に質問する。
「自信ないす。この揺れで、三千メールの距離、しかも百五ミリ砲じゃ、どこ飛ぶかわかんないすよ」
己の砲撃技術に誇りをもっているクラッセン軍曹が『自信がない』と言ってるのだ。ここから撃ってもまず当たらないということだろう。
ならば、距離を詰めるしかない。しかし、これ以上接近すると、護衛艦隊からの艦砲射撃が始まる。ボフォース四十ミリ機関砲L/60も有効射程距離に入ってくる。
やはり、攪乱に専念するしかなさそうだ。我々には砲撃の余裕はない。砲撃はバウマン大尉に任せよう。
「P-07からP-21へ、貴艇は空母から三千メートルの距離を保ちつつ、対空戦闘を継続せよ。決して足を止めるな。動き続けるんだ」
私は、そう指示を飛ばし、進路をセイレム号に向ける。
P-07は、更に船団に接近して、状況をかき回す。目をこちらに多く向けさせることが出来れば、バウマン大尉たちが砲撃しやすくなるのだ。
「更に食い込むぞ! 気合を入れろ! オンボロ勇者ども!」
全員の拳が突きあがる。銃座のバルチュ伍長は奇声でそれに応えた。




