対空戦闘開始
再び無線封鎖が破られて、イリーナ・メクリンの声がした。
「ごめん、五機しか釣れなかった。あとは頑張ってね、坊やたち」
無線機のノイズの他に、電動のこぎりのようなMG42機関銃の発射音、ワイルドキャットのブローニングAN/M2の重い発射音、エンジンの轟音などが聞こえた。
彼女らの様子は大体想像できる。
おそらく、水面ぎりぎりの低空をフェアリー・ソードフィッシュは飛んでいるのだろう。
これは『水面効果』といって、簡単に言えば水面と翼の間に空気のクッションが出来て、揚力が増す現象だ。
つまり、ただでさえ低速で飛べるフェアリー・ソードフィッシュが、更に低速でも失速しないということだ。
独国のメッサーシュミットといった高速で高性能の戦闘機が、フェアリー・ソードフィッシュを苦手としていた理由がこれである。
戦闘機同士のドッグ・ファイトの常識は、背後にポジションしたほうが有利なのだが、フェアリー・ソードフィッシの最低速度が遅すぎて、背後にポジションしようとすると、最新鋭の戦闘機は失速してしまうのだ。
しかも、フェアリー・ソードフィッシュは水面効果を狙って、超低空に飛ぶことが多いので、高速の戦闘機は一度失速すれば、機体を立て直す余地がない。
時速百キロ以上の速度で水面に激突すれば、海面はコンクリートと同じ。機体は大破し、パイロットは助からない。
また、骨格以外は布張りという機体構造は、異様に撃たれ強いということもあり、英国での話になるが、ニ百発もの命中弾を受けて、それでも無事に帰還した事例がフェアリー・ソードフィッシュにはある。
ニーナ・マカロフとイリーナ・メクリンは、五機のワイルドキャットを引きつけてくれた。イリーナは「ごめん」と謝っていたが、運動性能がいいフェアリー・ソードフィッシュでも、五機相手は限界に近い。
護衛空母の艦載機は、およそ二十五から三十機。
戦闘機をかいくぐり、護衛空母を叩くことが出来れば、だいぶこの船団の防御力を削ぐことが出来る。
だが、これで終わりではない。空母の他に、フレッチャー級駆逐艦が六隻。気が遠くなりそうな戦力差だ。
しかし、ペンギンたちに選択の余地はない。苦戦を続けるUボート部隊や、東部戦線の兵士たちのため、死力を振り絞らなければならないのだ。
うるさく飛び回る虻のように、我々の射程外から監視を続けていたワイルドキャットが、高度を落としてくる。
見れば、数機の編隊がその背後に続いているのが見えた。
「来るぞ! 小便もらすなよ!」
ワイルドキャットのエンジンの音が変わる。急速に接近してきているのだ。最高速度は時速五百キロ。武装はブローニングAN/M2六門。別名、『ミートチョッパー』と言われている強力な機関砲だ。
当たり所によっては、ペンギンでも危ない。
「訓練通りに動け! 来た! フリッパー・ターン!」
P-07とP-21は、急降下してきたワイルドキャットが機銃掃射を始めたその瞬間、ほぼ直角に曲がる。
我々が直進していたら、多分そこだろうと思われる場所に、小さな水柱が連続して立つ。
船舶らしからぬ、動きに不意をつかれ、一瞬我々をロストしたパイロットが、あわてて上昇する。
その動きを読んできたのは、P-07に機銃手のバルチュ伍長だった。予め予測していた空間に、連装二十ミリFlak C/30機関砲の弾をばら撒く。
コクピットのガラスが飛び散り、尾翼が穴だらけになっていた。
それでもパイロットは、崩れかけた姿勢を立て直して、更に上昇していった。
P-21からの機銃掃射はなかった。戦闘機に速さに焦ったか、初めての実弾での戦闘にビビったか、どちらかだ。
「P-21! 威勢がいいのは口だけか? 我々が撃ったら貴様らも撃て! 偏差射撃だ。移動先を予測して撃つんだ!」
皆が聞いている前で叱責するのは酷だったが、仕方ない。P-21が打撃に参加していれば、撃墜できたかもしれないのだ。
もう、警戒されてこんなチャンスはない。
六機編成が到着した。
手傷を負った、偵察の一機は前線を離脱してゆく。
更に遠くから、雁の群れのように楔型編隊を組んだ六機が近づいてくる。
合計十二機。護衛空母は次々と、艦載機を送り出しているらしい。




