護衛空母とワイルドキャット
無線封鎖が破られた。
イリーナ・メクリンの声だった。無線封鎖が破られたということは、非常事態が発生したということだ。
「偵察機よりPへ、正体不明の巡洋艦発見! 正体は護衛空母! 座標B-8! 当方は艦載機FM-2ワイルドキャットと交戦中、なるべく多くの航空機を引きつけて、戦線を離脱する! その間に攻撃されたし! 以上、交信終わり!」
無茶だ。運動性能がいいフェアリー・ソードフィッシュとはいえ、フロートを付けている。それに、護衛空母といえば、小型とはいえ二十機近い艦載機があるはずだ。
単独で交戦するなど、自殺行為に等しい。
「総員、戦闘配備! 目標B-8! 全速前進!」
ペンギン五機が、ひとかたまりになって疾走する。
「各機、傾注! 敵の正体が判明した。 護衛空母だ。現在、航空戦力分散のため、フェアリー・ソードフィッシュが単独で空中戦を挑んでいる。我々は速やかに護衛空母を攻撃。航空戦力の無力化を図る。本格的な対空戦闘だ。この一戦、機銃手の諸君らにかかっているぞ」
受信応答のクリック音が四つ。ひよっこどもには、厳しい初陣になってしまった。
大規模輸送船団との戦闘を思い出す。たった三機のカタリナ水上機に、ベテラン揃いのペンギン五機が翻弄されたのだ。
フェアリー・ソードフィッシュを追撃したのが何機かわからないが、我々は今まで経験したことがない数の戦闘機と戦うことになる。
敵はFM-2ワイルドキャット。艦載用に小型軽量化された、単葉機。低高度時の運動性能がよく、太平洋でも日国軍に一目おかれているという噂もある。しかも、日国の有名な零戦と互角にわたりあったのだ。パイロットは十分に経験を積んでいる可能性がある。
急降下爆撃機の撃退と、対潜哨戒のための随伴空母なので、雷撃装備は無いはずだが、ロケット砲くらいは積んでいるかもしれない。
海図に区画されたB-8のポイントに向かう。そこはベア島から北西に三十キロメートルの場所。接敵まで十五分から二十分といったところか。
とにかく、P-07とP-21は深く斬り込む。現場をかき回すことで、後続の三機が砲撃しやすい状況を作り上げなければならない。
アクセルをベタ踏みのまま、走る。
イリーナたちは、まだ無事だろうか? 複数の戦闘機相手に、フロート付の機体がいつまでも戦えるわけがない。 嫌な予感ばかりが頭をもたげてくるが、掌でパンパンと顔を叩いて、それを追い払う。
「集中しろ。先に戦闘機を見つけるんだ」
自分に言い聞かせるように、指示を出す。水平線に滲む黒煙がないか? 抜けるように青い空に小さな黒い点はないか? いそがしく、四方に双眼鏡を向けた。
カチカチと、砲塔の回転ハンドルの作動確認している音が聞こえる。
榴弾を砲弾架にはめ込む音も聞こえた。
機関砲にマガジンをはめ込む機械音がする。
そして、私は空に黒い点を見つけたのだ。
「敵機発見! 十時の方向! 対空戦闘用意!」
シャコンとレバーが引かれ、機関砲が発射可能状態になった。地中海では、ヌーバーク・ヘンセン少尉のP-03と、カルヴァン・ランツクネヒト少尉のP-04が、このFM-2ワイルドキャットより性能がいいF6Fヘルキャットと渡り合っていたのだ。我々が遅れをとるわけにはいかない。
その小さな黒い点はみるみる大きくなり、やがてエンジンの轟音が聞こえるようになった。
正体不明の小型艇を、何者か? と、偵察に来たのだろう。
あるいは、ペンギンの噂を知っていて、確認に来たのかもしれない。
「P-21、P-07が発砲するまで、射撃を控えろ」
初めての戦場だ。逆上して無駄弾を撃つ可能性がある。二十機以上の戦闘機と戦わなければならない。無駄に弾をばら撒く余裕はないのだ。
射程外を旋回しながら、ワイルドキャットは援軍の到着を持っているようだ。迂闊に接近してくるようなら、機関砲を叩き込んでやろうと思っていたのだが、さすが日国との海戦で経験を積んだパイロットたち。慎重で、狡猾だ。
P-08、P-20、P-22は減速した。わざと我々と距離をとっている。標的を分散させるため、そして遠距離砲撃に備えるためだ。
P-07とP-21は、最高速度を保ったまま、突進する。空母を叩く。それしか、我々に勝機はないのだ。
頭を押さえられたまま、輸送船団とは交戦できない。
戦闘機と比べて動きが遅いカタリナ水上機三機にあれだけ苦戦したのだ。撃墜出来たのは、運が良かったからに過ぎない。




