夜の魔女たち
三日かけてドロップタンク代わりのドラム缶を五機のペンギンすべてに積み終え、我々は夜の黒き裳裾に隠れてバレンツ海を目指す。
目的地は、ベア島という無人島。そこに水上機仕様のフェアリー・ソードフィッシュが待っているらしい。
このフロート付の鹵獲戦闘機は情報部の所属で、工作員のパラシュート降下などの特殊な任務に従事していたらしい。
物資に関しては、フェアリー・ソードフィッシュが空路運んでくれている。何日かベア島に潜伏することになるが、水や食料の心配はしなくてよさそうだ。
ベア島に向いながら、実地訓練の仕上げをする。艦隊行動に似た動作をするので、連携に関する調整は必須だった。
バウマン大尉にシゴかれただけあって、基本的な動作は申し分ない。あとは、実際に銃弾が飛び交う戦場で、この訓練通りの動きが出来るのかどうかだ。
ベア島が見えてきた。かつて、この島に集まった、若手のペンギンの艇長は皆、死んでしまった。
P-09のエルネスト・ボーグナイン少尉はこのバレンツ海で、P-03、04のヌーバーグ・ヘンセン少尉とカルヴァン・ランツクネヒト少尉は地中海で。
私は、HF/DFで探知されない短距離用のトランシーバーで、先頭を走っている我々のすぐ後ろに位置しているP-20のフランツ・オイゲン准尉に指示を出した。
「先行して上陸し、安全を確認せよ。その他は、待機」
エンジンがアイドリング状態にされ、四機のペンギンが波間に浮かぶ中、P-20が列から外れて船着き場に向う。
新任のペンギンたちの中では、フランツ・オイゲン准尉は十九歳と最年長で、何度もブリーフィングを繰り返している間に分かったのだが、一番物事に慎重だ。
着任早々、私にくってかかったP-21の艇長クルト・ヴァランダー准尉とは正反対の性格だった。
戦場では、多分ヴァランダー准尉の方がスコアは高いだろう。だが、早死にするのもこういったタイプだ。オイゲン准尉はしぶとく生き残り、最終的には早死にするヴァランダー准尉のスコアを越えるはずだ。
独国のような負け戦をしている国は、勇敢な者から死んでゆく。我々が仕込んだ艇長たちのような勇者から死ぬのだ。
発光信号が島から送られてきた。
「異常なし。先客あり」
だった。情報通り、フェアリー・ソードフィッシュが到着していたようだ。
我々は、前回も使用した船着き場に向う。そこには、フロートがつけられ、水上機仕様になったUボート殺しが係留されていた。
上陸した私を迎えたのは、オイゲン准尉と、二人の小柄な飛行機乗りだった。
驚いたことに、この飛行機乗りは二人とも女性だ。
「あなたが、このかわいらしいお船の艦隊の隊長さん?」
イントネーションがおかしい。ドイツ語は流暢なのだが、ちょっとしたイントネーションに違和感がある。
「アルフレード・シュトライバー大尉です。あなたたちは露国なまりですね。実家の近くに、露国革命を逃れてきた一家が住んでいたのだが、その一家のしゃべり方と似ています」
私はそう答えて、握手を求めた。
「私はニーナ・マカロフ。どうせ聞かれるから先にいうけど、ご推察のとおり元・露国の人間。なんで、飛行機乗りなのかというと、私たちは第五八八夜間爆撃機連隊に所属していたから」
そういって、ひらりと笑い、私の差し出したてを握った。まるで、男同士が互いの技量を比べるかのような、強い握手だった。手が痛い。
「うわっ『夜の魔女』かよ。驚いたなぁ」
バウマン大尉が、つぶやく。
東部戦線において、恐れられた女性だけで編成された航空部隊の異名が『夜の魔女』だ。
彼女らは、フェアリー・ソードフィッシュによく似た複葉機『ポリカールポフPo-2』に搭乗して独国陣地に夜陰に紛れて密かに接近し、爆撃を行うことで恐れられた部隊だった。
『ポリカールポフPo-2』は、フェアリー・ソードフィッシュと同じく、布張りの機体で、ゆえに軽くて扱いやすく、低速でも失速しない優れた飛行能力を持っていた。
独国の戦闘機が失速する最低速度よりさらに遅い速度で飛べるため、かえって撃墜しにくいというのもフェアリー・ソードフィッシュと同様だ。
エンジンを切った滑空状態でもグライダー同様に飛ぶことが出来、レーダーにも発見されにくいということもあり、夜間の隠密性はかなり高かったらしい。
「戦争に駆り立てるため、露国は必死になっていて、一定数の見せしめが必要だったの。些細なことで銃殺。体制批判で銃殺。恐れをなしたら『懲罰大隊』行き。あなたたち、『懲罰大隊』って知っている?」
聞いたことは有る。犯罪者や政治犯が集められ、武器も待たされないまま、鎖で繫がれて最前線に送られ、現地でやっと銃を配られて、背中を味方に撃たれつつ、前に進む『肉の盾』のことだ。
「私たちは、その『一定数の見せしめ』に選ばれて、殺されるところだった。それで、亡命したわけ。家族も逃がそうと思ったけど、遅かった……」




