ペンギンのヒナたち
フグロイ島は、そのままA部隊の本拠地になった。
定期的に『移動教室』ことグスタフ中佐の『乳牛』がフグロイ島に来ることになっていて、物資の補給はそれで賄うことになる。
最新情報と、新たな指令はカエルを通じて行うこととなり、その情報をもとに五機で戦列を組んで米国の高速輸送船団と戦う。
バウマン大尉とは久しぶりに会った。同行の三機は、一日遅れでP-08の後を追わせているらしい。外海での最後の実地研修というわけだ。
バウマンが、何か包みをもってP-07に飛び移ってくる。私はP-07の後甲板に設置したテントで彼を迎えた。
三月の『テルモピュライ作戦』以来なので、約四ヶ月ぶりの再会だ。バウマンの軍服はクリーニングされてさっぱりしており、髭もきれいにあたり、髪型も決まっている。
対してP-07の連中ときたら、薄汚れた軍服と蓬髪と髭面で、まるで海賊だ。
「元気にしてたか、このオンボロ勇者ども!」
バウマン大尉は、生来の明るさのせいか、まるで薫風だ。居るだけで、その場の空気を清涼にしてしまう。あの気難しいP-07の砲手ですら、あけっぴろげに笑うほどに。
「おお、砲撃の名手どの。これ、『幸運亭』からの差し入れだ。女将が皆によろしくとよ」
包の中身は、女将手製のジャムだった。砂糖が貴重品だろうに、大瓶にたっぷりイチゴジャムが入っている。我々は甘いものに飢えているので、何よりの差し入れだった。
「さて、情報だが、『悪い情報』と『すごく悪い情報』と、どっちから聞きたいかね?」
私に、封を切ったばかりのタバコを箱ごと差しだしながら、バウマン大尉が言う。例によって『ラッキーストライク』だった。
白いパッケージに赤い的のデザインですぐわかる。本来は緑色のパッケージだったのだが、緑のインクは鉄を使うということで、軍用に漬かってくれと遠慮し『ラッキーストライクの緑は戦場に行った』という宣伝文句になったという。
プロバカンダを巧みに使う米国らしい言い草だ。コスト削減と軍部に媚びを売ることによる利権獲得が理由だろう。そしてそれは成功している。
私は、白いラッキーストライクをありがたく頂戴し、バウマン大尉が掌で囲ったオイルライターの火で吸いつける。
二人は無言でしばらくタバコを吸っていた。
「それじゃ、『すごく悪い情報』から聞こう」
バウマン大尉が話したことは、本当に最悪だった。
ロストックのP作戦本部の司令官のニクラス・ディートリッヒ大佐だが、准将に昇格し司令官交代になるそうだ。
東部戦線の苦戦、アフリカ軍団の降伏によって、陸軍の指揮官が不足したというのもあるが、予想に反して華々しい成果を上げたペンギンの功績を誰かが横取りすることを画策したというのが実情らしい。
新任司令官は、中佐から大佐に昇任した、『アドルフ殿』ことアルブレヒト・ホフマン。鼻持ちならない武装親衛隊の将校だ。
ニクラス・ディートリッヒ大佐が連れてきたスタッフの将校たちも総入れ替えになり、P作戦当初から残っているのは技術士官のカール・フェルゲンハウワー中尉のみらしい。
「いやはや、スタッフ全員若手の武装親衛隊ばかりでね。国防軍士官は一掃されちまったわけさ。これからは、窮屈になるぞ」
たしかに、とても悪いニュースだ。『アドルフ殿』が司令官だって?ボーイスカウトだってまともに指揮できるとは思えない。威張りくさるだけしか能がなく、コソコソと相手を探るのだけが上手な奴だ。
「讒言で更迭なら、いくらでも反論出来たのだが、逆だからね。ディートリッヒ大佐を、褒めて、褒めて、褒めまくったんだよ。スターリングラード、アフリカと負け戦続きの陸軍は、慢性的な士官不足だから、そっちの方に、背中を押しやがったのさ。それで、便乗してちゃっかり自分の宣伝もしたわけだよ。駆け引きだけは、さすがエリート様だね」
最初は大人しいだろうが、必ず口を挟んでくるだろう。『馬鹿な大将、敵より怖い』を地で行かなければいいが……。
「それで、『悪い情報』は?」
二本目のタバコを取り出し、箱を返そうとしたが、バウマン大尉は「とっておけ」と身振りで私を制し、『悪い情報』を離し始めた。
「スターリングラードだけで二十五万人、アフリカではそれ以上の兵士が戦死または捕虜になっただろ?士官も不足してるが、兵士も不足してるんだよ。それで、徴兵制限の下限が十八歳に引き下げられたのさ。その結果、ペンギンの第三作戦群の乗務員は、皆さん十代の少年兵なんだぜ」
めまいがしそうだった。バウマンの話では、特に平均年齢が若い三機を引き連れてきたらしい。単独で行動させるには、無理があるという理由だった。
海軍経験者や陸軍経験者がいる比較的マシなメンバー四機は、それでひとまとめにして、大西洋方面に送り出したという。
「ペンギンのヒナか。冗談じゃない……」
バウマン大尉がため息をつく。
「意欲だけはあるんだよ。怖いもの知らずなんだな。危なっかしくてしょうがない」
ここまで、独国は追い詰められているのか。未来を築くはずの少年たちにまで、銃を握らせるとは。
流しっぱなしのラジオからは、独国軍の快進撃のニュースが流れている。
私は、ラジオを拳銃でぶち壊したくなる衝動を必死で抑えていた。




