亡霊船
巣を壊された蜂のように、航続距離の長いマスタングが、執拗に哨戒していた。自信満々で送り込んだ高速輸送船団が叩き潰されたのが、よっぽど頭にきたのだろう。
P-07は、P-08と別れてしばらくは単独行動になる。つまり、輸送船襲撃任務はない。フグロイ島への帰投はのんびりと、そして慎重に行えばいい。
フグロイ島のいつもの岩場の陰に到着したのは、『テルモピュライ』作戦終了後四日のことだった。
米国空軍は、フィヨルドの北端に我々が潜んでいると踏んでいて、そこを通過するのに、時間がかかったからだ。岩伝いにそろそろと進み、昼間は岩の隙間に入り込んで砂漠のヘビのように隠れていた。最警戒地域を抜けるのに二十四時間ロスしたことになる。
フグロイ島に到着したその日の晩、珍しい事にカエルが来た。カエルは漁船を装っているので、明け方に岩場に来ることが多い。真夜中に来ることは、めったにない。疑われる行動を避けるためだ。地元漁師とほぼ同じ行動をとっている。
P-07のテントに入ってきたカエルは、ポットに珈琲を淹れてきてくれていて、我々はありがたくそれを頂戴した。
「お見事でした」
カエルは、まず敵中で伏撃をするという奇策『テルモピュライ』作戦の成功を祝してくれた。
P-08は再艤装が必要になったが、当方の被害はほぼゼロ。敵は輸送船の九割を失い、護衛の駆逐艦はすべて航行に支障がでた。
最新鋭のフレッチャー級駆逐艦が敗退した。それが米国海軍の作戦室に衝撃を与えているらしい。
爆雷が誘爆したアーチャー号は、航行不能となり、ボイラーを修復したビショップ号に曳航されて白海に入った。
喫水線上にに多数の損害を受けたチャフィー号は、浸水の被害が止まらず、乗員全て移乗のうえ雷撃自沈という処置になった。
アーチャー号は、修復不可能と判断され、白海の軍港ベロモルスクで浮き砲台として露国軍に貸与されることになった。
高速輸送船十隻、最新鋭大型駆逐艦三隻という高速輸送船団のテストは二隻を残して全て撃沈か、自沈か、廃船という結果に終わったのだった。
今回の作戦が与えた心理的な警戒感は大きく、『高速の輸送船を少数精鋭の護衛艦に守らせて輸送する』という、新しい輸送計画は頓挫しかねない状況になっているらしい。
高速輸送船十隻に最低五隻の護衛艦を配備することが検討されていて、二十隻の平均的な輸送船団なら十隻もの護衛をつけることになる。
これはつまり、人的にも、資源的にも、戦力的にも輸送コストが増大するということで、物資あふれる米国とはいえ、コストが増大すればいつかは豊富な物資も枯渇するはずで、これもまた通商破壊の側面なのであった。
何処からともなく出現し、被害を与えて、いつの間にか消えているペンギンもようやく話題になっていて、特に顕著なスコアを上げている北海、バレンツ海、諾海のペンギンは『亡霊船』と恐れられているらしい。
『撃っても殆ど当たらない』
『艦砲射撃が命中しても跳ね返す』
『百ノット以上の速度で海面を超低空で飛んでいる』
『海上封鎖されて陸で干上がった戦車の亡霊らしい』
『高速で移動中に直角に曲がる』
『この亡霊船に呪われると突然炎上する』
などといった噂が、氷国に逃げ込んだ輸送船の船員を端に発して広まっているそうだ。
誇張されたり、勘違いだったり、根も葉もない妄言だったりするが、どれほど我々が恐ろしく見えていたのかという指標にはなった。
副次的な作用は、これだけではない。
「マスタングが、小型船とみれば銃撃するという、ヒステリックな状況になってましてね。おちおち漁にも出られないと、地元漁民の不満が高まっています」
英国の接収占拠地である、ここフェロー諸島でも何隻かの漁船が機銃掃射の被害を受け、ここは米軍とは関係ない英国陸軍の駐屯軍なのだが、デモ活動が起こったそうだ。
石や火炎瓶が投げられ、かなり険悪なムードになったらしい。
わずか一個大隊しかいない駐屯軍は、駐屯地に籠ってピリピリとしているそうだ。
要するに、カエルのようなスパイが民衆を煽り、自分たちの行動の予地を広げたということだろう。
「フェロー島の英国工作員の洗い出しが楽になって、だいぶ駆除できました」
まるで、虫を退治したかのような口ぶりだが、つまり『殺した』ということだろう。
誰かが誰かを殺し、私も誰かを殺す。
『テルモピュライ』作戦でも、何人の米国将兵が死んだことだろう。私はこともなげに殺しを話すカエルに嫌悪感を感じたが、私もまた殺人者であるのだ。
拳銃を握る手。殺したり、殺されたりする手。それは私にもカエルにも等しくある手だ。
「しばらくは、待機ということになりそうです。英気を養ってください」
私は待機している時間が苦手だ。うじうじと死についてかんがえてしまうから。
いっそ、駆逐艦と殴りあってる方が気が楽なのかもしれない。




