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「幸運の七番」と「不死身の八番」

 微速で前進しながら、夜のフィヨルドの複雑な地形に入ってゆく。暗礁も多く隠れている場所なので、速度は出せない。喫水が浅く、比較的暗礁帯でも安全に動けるペンギンだが、油断した挙句鋭い岩に腹を裂かれるのは遠慮したいところだ。

 こんな、平底の船しか入れないような場所でも、氷河から流れてくる水と、打ちつづける波とが、気が遠くなるほどの時間をかけて浸食した水路があり、その水路を手探りするようにたどって、『乳牛』はフィヨルドの奥に侵入したのだった。

 その水路の奥、氷河の水が集まる湖状の窪地があって、そこが『乳牛』の隠れ場所になっているらしい。

 夜間ということもあり『乳牛』は浮上しており、その傍らにP-08らしき姿も見えた。バウマン大尉らも無事、ここまでたどり着いたようだ。

 微速で、『乳牛』に接近する。『乳牛』の甲板上では、十数人の甲板員が走り回っていて、P-08への補給作業を行っていた。

 ゴムボートが、P-07に差し向けられる。私は、鉄兜を脱いで艇長席に置き、フックにかかっていた軍帽を被る。

 そして、キューポラから外に出た。

「アルフレード・シュトライバー大尉殿でありますか?」

 誰何の声がする。若い声だ。どうやら訓練生らしい。バウマン大尉ならいたずら心を起こして、彼をからかったかもしれないが、私はそんなことはしない。それに、疲れ切ってしまっていて、そんな気力もない。

「いかにも。貴殿は誰か?」

 と、紋切り型に答えてやる。マニュアル通りだろう。

「当方は補給潜水艦零番艦、整備担当士官候補生リヒャルト・ワーグナー少尉であります。わが艦までご同行願います」

 元気なのはよいことだが、キンキン声が神経に触る。疲労感が上乗せされた気分だった。しかも、リヒャルト・ワーグナーだって? 何の冗談だ?

「ご苦労」

 私は答礼し、ゴムボートに移る。

「進発」

 コムボートの船員に、ワーグナー少尉が命じる。

 P-07から、口笛で『ワルキューレの騎行』が演奏された。おふざけ大好きなバルチュ伍長の仕業に違いない。

 私を迎えた『乳牛』の艦長は、Uボート船長には珍しい初老の古強者トマス・グスタフ中佐だった。潜水艦乗りを育てる指導員であり、実地研修をこの『乳牛』で行っている人物だ。

 攻撃能力がない『乳牛』では、ひたすら隠れるということが必用で、無防備のまま潜み続けることは、かなりの精神力が必要になる。彼は、こお実地訓練で潜水艦乗りとしての適性をチェックしているのではなかろうか。

「シュトライバー大尉、久しぶりだな」

 グスタフ中佐と握手をする。たたき上げの船乗りらしい、大きくてゴツイ手だった。

「お久しぶりです、中佐。相変らず、ここは学校のようですね」

 グスタフ中佐はUボート乗りには贅沢品であるパイプを取り出し、慣れた手つきでタバコの葉を詰め、マッチで火を点ける。

「ここは、移動教室みたいなものだからねぇ。さしずめ、私は校長先生というところか。パイプが自由に吸えないのは、本当に辛いよ」


 私が向かったのは『乳牛』の医務室だった。そこには、バウマン大尉が上半身裸になって、包帯をぐるぐる巻かれているところだった。

「キューポラにたたきつけられて、肋骨をやっちまったよ。息するだけで痛くてかなわん」

 補給船団の隊列の反対側で、P-08は護衛のチャフィー号と壮絶な砲撃戦を展開していたのだった。

 輸送船が奇襲を受けたのを察したチャフィー号は、すぐさま現場に急行し、P-08を発見。交戦状態になった。エンジントラブルで速度が出せなかったP-08は、足を止めての殴り合いを覚悟し、『高速機動』を封印したたま、小回りの良さ、機体の小ささだけを武器に五百メートル以内の至近距離での殴り合いを挑んだのだ。

 結果、チャフィー号は喫水線に多数の命中弾を浴びて浸水。P-08も、『トロールの投石』作戦以上の損傷をうけ、ロストックへの帰還を余儀なくされていた。

 機体は凹みだらけで、傷だらけにされ、風穴もいくつか開けられたが、負傷者はバウマン大尉だけで、しかも軽傷だった。

 以降、P-08は『不死身の八番』と呼ばれるようになる。

「まぁ、無事でよかったよ、エーリッヒ」

 私がそういうと、バウマン大尉がニヤリと笑う。

「お見舞い代わりに、ポーカーの負け分をチャラにしてくれないか?アルフレード」

 図々しくも、そんなことを言う。

「いや、それは別の話だよ、バウマン大尉」


 『移動教室の生徒』たちが、ドラム缶を使って、臨時のドロップタンクを作ってくれた。これでまた、航続距離を越えてフグロイ島に帰還することが出来る。

 修理のため帰投するP-08から、余剰の砲弾と機関砲弾を受け取り、『乳牛』の隠れ場所から出る。

 夜間に航行し、昼間は潜む。そんなパターンでフグロイ島に向かう。

 散々補給部隊を叩いたからだろうか、かたき討ちとばかり、偵察のマスタングが頻繁に哨戒していて、まともに昼間は航行できない状態だ。

 こちらは、急ぐ旅ではない。せいぜい無駄に燃料を消費するがいい。

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