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決着

 砲手のクラッセン軍曹がHEAT弾を選択した意図はすぐ読めた。

 弾薬取扱室を狙う気だ。弾薬庫は、船体の内部深くに保護されているが、そこからエレベーターで持ち上げられた砲弾や機雷や砲弾を飛ばす炸薬は、HRと呼ばれる弾薬の一時保管庫に入る。砲弾はそこで炸薬と一緒にされ、爆雷は安全装置が外され、爆雷投下軌条にセットされる。

 輸送船団の本来の目的は対潜攻撃。だから、爆雷はいつでもつかえるように、HRに運び込まれているはずなのだ。

 もちろん、通商破壊のポケット戦艦、装甲巡洋艦などの大火力の大型艦艇、または急降下爆撃機などと殴り合うときは、魚雷も爆雷も誘爆を恐れて投棄される。

 しかし、相手は喫水上二メートル弱、全幅五メートル、全長八メートルの小型漁船並みの艇だ。一門だけとはいえ、駆逐艦と対等に殴りあえるだけの装甲と大砲を備えているとは、想像もつくまい。

 だからHRに、必ず爆雷はある。背後についたからには、これを狙うしかない。

「十秒間だけ、ジグザグ航行をやめる。その間に、急所に叩き込め。出来るか?」

 正気か? とでも言うような呆れ顔をして、操縦手のベーア曹長が振り返って私を見る。

 照準器から目を離し、肩ごしに私を見てニヤリと笑ったのは、砲手のクラッセン軍曹だ。

「十秒あれば、お釣りが来るっすよ。針の穴だって、通せまさぁ」

 やれやれと首を振りながら、半ばやけくそで、べーア曹長がジグザグ航行をやめる。やや姿勢を低くしたのは、正面装甲を抜かれて首を吹っ飛ばされてはたまらんと思ったからだろう。

 私は、キューポラから顔を出して、双眼鏡を構えた。『カニ眼』は可動範囲が狭いので、四方を観察するなら双眼鏡の方がいい。

 アーチャー号との距離は、およそ千八百メートル。照準器で捉えられる距離だ。

 P-07は回避行動をとっていない。直線的な動きだ。よろめくように進んでいるビショップ号も砲撃を続けている。

 アーチャー号の後甲板の四十ミリ機関砲も、弾雨を降らせていた。だが、不思議な事に一発も当たらない。動きが早く、変則的なペンギンの動きに慣れて、逆に調子が狂ったのかもしれない。

 だが、P-07が実は直線の動きしかしていないと分かったら、途端に命中弾が集中するだろう。

 十秒。それが限界だ。

 カチカチと、仰角をクラッセン軍曹が慎重に調整している。

 アーチャー号の後甲板の二基二門も五インチ砲が、黒い砲口をこちらに向けて、直射の構えを取っている。

 思わず「回避!」と、叫びたくなるのを堪え、砲撃の名手、クラッセン軍曹にすべてを託す。

 操縦桿を握るベーア曹長の手が、小刻みに震えていた。彼もまた、回避行動を取りたくなる衝動と戦っていた。

 クラッセン軍曹が、カチ……と、砲塔の向きを微調整する。間もなく、十秒が過ぎる。敵の五インチ砲の砲手が、こちらを注視し狙う殺気のようなもので、肌がひりつくようだ。

 百五ミリ砲が唸るのと、ベーア曹長がフルスロットルで舵を切ったのは殆ど同時だった。

 私は急加速に、キューポラの側面に叩きつけられながら、それでも双眼鏡でアーチャー号を追尾していた。

 アーチャー号の五インチ砲が砲弾を放つ。間一髪、我々がそのまま直進していたら直撃だっただろう場所に、二本の水柱が立った。

 衝撃で、P-07が派手にローリングする。機関砲の銃座で、バルチュ伍長が奇声を上げた。

 揺れる双眼鏡の映像の中で、アーチャー号の艦尾に火花が上がるのが見えた。命中だ。

 狙い澄ましたクラッセン軍曹の一撃は、山なりの軌跡を描いて爆雷投下軌条二本ののど真ん中に着弾し、衝撃信管に反応して弾頭の中にある炸薬が爆発。漏斗型にへこませたライナーと呼ばれる弾頭内の金具が炸薬の爆発の威力で折れ曲がり、そのあまりの圧力に金属の科学的結合が解かれ、一種の液体金属化した破片が甲板の装甲の圧力限界を超えて開いた穴に叩き込まれる。

 質量をもった圧力は、HR内の作業員を何が起こったかわからぬまま吹き飛ばし、叩きつけられた液体金属は、熱エネルギーへと変換される。

 アーチャー号全体が、ブルっと震えるほどの衝撃とともに、轟音と火柱が上がった。

 爆雷の誘爆。これほどうまくいくとは、当方も思わなかったため、あまりの衝撃に一瞬思考が停止してしまったほどだ。

 アーチャー号の後甲板にはボッカリと大きな穴が開き、爆雷投下軌条に近い位置にあった五インチ砲の砲塔は破片と爆風でズタズタになり、砲身は折れ曲がっていた。

 露天銃座である後甲板の四十ミリ機関砲も爆発の影響を受け、機銃手が死傷したのか銃撃はピタリと止まった。

 黒煙があがり、火災が発生したのがわかる。その黒煙のせいで、唯一無事だったもう一門の五インチ砲が視界を奪われていた。

 あてずっぽうで砲撃を加えてきたが、あさっての方向に水柱が立っただけだった。

 遠くで火柱が立つ。無防備な輸送船に対してUボートが攻撃を開始したのだ。護衛の駆逐艦の足は止めた。

 アーチャー号は、操舵装置が故障したのか、P-07に反撃するための方向転換もしない。大きな穴が艦尾に空いたおかげで、そこから海水が流れ込み、斜めに傾いている。隔壁があるので、沈没はしないだろうが、まともな航行はできないだろう。

 ビショップ号は、どうやらボイラー室にダメージを受けたらしく、速力が出ないようだ。修理すれば航行に支障はないだろうが、現時点で行われているUボートの攻撃は指をくわえてみているしかできない。小癪なペンギンを追跡することも、もちろん無理だ。

 我々の役目は終わった。あとはUボートの仕事である。私はアーチャー号とビショップ号の死角に入るようにしながら海域から離脱し、『乳牛』とのランデブー地点に向かった。

 後日聞いたところでは、十隻の輸送船のうち、七隻がUボートに撃沈され、我々に砲撃を受けた五番艦は、浸水が止められず、乗組員退去の後に自沈したらしい。

 P-08が一隻の輸送船を砲撃で火災を発生させて爆発炎上していたので、無事に白海に到着出来たのは、たった一隻だけだったという。

 

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