孤軍奮闘のペンギン
『灰色の狼』こと、カール・デーニッツ司令官は、Uボートが時代に取り残されつつあるのを承知でどんどん出撃させた。
ちょび髭伍長の信奉者やおべっか使いと違い、現実を見る眼を持ち公言して憚らない彼は、早晩、独国がじり貧になることを予見していて、露国の反攻をとても警戒していたのだ。
露国の将兵による蛮行は特に有名で、占領地に渡った民間人も兵士もその犠牲となっている。だから、一隻でも多くの米国からの支援物資の輸送船を沈めなければならないと考えていたらしい。
不屈のUボート乗りたち、勇敢なSボート乗りたち、これら潜水艦と小型艇の犠牲と献身によって独国はかろうじて戦えている。
ペンギンはそれを助けなければならない。例え、戦史にも残らない陸海の異形な混血児であろうとも。
砲手のクラッセン軍曹の狙い澄ました一撃が、アーチャー号を捉えた。水柱は艦首すぐ手前に立つ。運が良ければ爆発の衝撃で喫水線下に損害を与えたかもしれない砲撃だった。
「くそ!」
直撃ではなかったのが不満なのか、ダンと足を踏み鳴らしてクラッセン軍曹が悔しがっていた。
ドドンという轟音がして、一瞬ペンギンがふわっと浮き上がる。かなり近い着弾。ビショップ号からの砲撃だった。
停船した五番艦をビショップ号が回頭している十秒間に、約三百メートルほどの距離を開けたが、まだ彼我の距離は千メートルに満たない。直射を受ければ、ペンギンでもあっさり貫通してしまう。
自艦の鼻先に着弾されて、直進するのは危険と感じたか、アーチャー号がジグザク航行に入る。つまり、到達時間が遅れる。こちらに引きつける時間が増えたということだ。
「砲手! 次、ビショップ号を狙うぞ」
砲塔が回転し、真後ろを向く。狙うは四十ミリ機関砲の銃座がある二本の煙突の間。五番艦の陰から出た時に、殴っておきたいところだ。
距離は、目測で八百メートルほど。照準器で捉えられる距離なので、指示は飛ばさない。
双眼鏡でアーチャー号を見る。まだ遠い。しかもジグザグ航行中では、まず精密射撃は無理だ。
数十秒は、ビショップ号とのサシに殴り合いになる。
五番艦の船首が目印になる。艦橋がそれを通過して姿を現す。一本目の煙突が見えた。
「今だ!」
心の中で、私は叫んだ。一瞬遅れて、クラッセン軍曹が砲弾を放つ。五番艦の陰から、二本目の煙突が現れた瞬間、ボフォース四十ミリ機関砲が銃撃を始める。
怒ったスズメバチの羽音を残して、我々の頭上を機関砲弾が通過したその時、榴弾の爆発音が聞こえた。
火花が散ったのは、ドンピシャ煙突の間。銃撃を開始した四十ミリ機関砲が、ぶつんと断ち切られたように沈黙した。
「装填急げ! もう一発だ!」
照準器を覗いたまま、クラッセン軍曹が怒鳴る。
額を汗でテカらせて、装填手のバウムガルテン一等兵が硝煙たなびく空の薬莢を引き抜き、次弾を装填する。
尾錠を閉める小気味良い金属音とともに
「装填完了!」
の声。カチカチと、クラッセン軍曹は、砲の向きを微調整しつつ、また砲弾を放つ。
着弾はやや前方に逸れて、煙突の基部に大穴を開けた。
「この糞百五ミリ、着弾がブレやがる! もう一発だ!」
地団太踏んで、クラッセン軍曹は悔しがる。
「いや、これで十分だ。片舷斉射くるぞ、全速前進! ジグザグ航行開始!」
私はそう命じて、クラッセン軍曹の砲撃のために、ややスピードを緩めていたP-07を再び疾走させた。
喫水の浅いペンギンは、波の窪に当たる度、水切りの石投げのように水上をバウンドするので、まるで海面をこすりながら超低空で飛んでいるかのようだった。
クラッセン軍曹が置き土産の一発を放つ。
これは、手前に着弾し、水しぶきをビショップ号に浴びせただけだった。
双眼鏡でアーチャー号を見る。輸送船団から離れすぎたと気が付いたのか、回頭しようとしている。
P-07は、アーチャー号の方向に舵を切った。
砲塔はまたぐるりと回転して正面に向けられる。こちらに、尻を向けて移動するアーチャー号を追撃するつもりだ。
フレッチャー級駆逐艦の後甲板には、二基二門の五インチ砲の砲塔があり、それより高い位置に、対空用の四十ミリ機関砲銃座がある。真後ろについたからといって、油断はできない。




