アーチャー号参戦
側面から、散発的な四番艦の機銃掃射を受けながら、Ｐ－０７は突っ走る。今度は最後尾の五番艦へ。ビショップ号が回頭している今が、Ｐ－０７の手番だ。
遠くで火柱が上がる。Ｐ－０８が輸送船を引火させることに成功したのだろう。それでも輸送船団は、商船を徴用した船団のように『狼に襲われた羊の群れ』のごとくバラバラに逃げ出したりしない。
歯を食いしばってペンギンの襲撃に耐え、ひたすら白海を目指している。
フリッパー・ターンで、最後尾の五番艦の背後につく。距離は『カニ眼』での簡易測距では千八百メートル。いい位置だ。
「機関減速 三十ノット！ 進路そのまま！」
視界の悪い操縦手の目となり、指示を飛ばし、
「目標、五番艦！ 距離千八百！ 方位ヨシ！ 狙いが付き次第撃て！」
間髪を入れずに、測量結果を砲手に伝えた。
百五ミリ榴弾砲が、立て続けに五番艦の船尾に当たる。そのうちの一弾は舷側を飛越し、後部甲板のどこかに命中する。
荷揚げ用のクレーンが傾いて艦上構造物を押しつぶしながら、左斜め後方に横倒しになった。酔っ払ったように、左右に動きが振れるのは、操舵装置の故障だろう。船尾は破穴だらけになっているので、そのうちの一発が何か致命傷を与えたのだ。
煙突からのものではない黒煙をたなびかせながら、ビショップ号がまた接近してくる。
五番艦は隊列から遅れ始めていて、Ｐ－０７はその五番艦を盾にビショップ号からの砲撃を避けている。
思い切って、五番艦に接近する。火災と操舵装置の故障、艦上構造物の破壊で、迎撃どころではないだろうと踏んでのことだ。
それに、ビショップ号を引き剥がすためには、五番艦を救助させる必要がある。
「喫水線上に、穴をあけてやれ」
機銃手のバルチュ伍長に指示を出す。
五番艦とＰ－０７との距離は百メートルもない。この距離なら二十ミリ機関砲でも駆逐艦程度の装甲なら抜ける。
熟練のタイピストの作業音のような機関砲の連続音。
カラカラという薬莢が機体後部の甲板にあたる場所に落下する音がする。
砲塔でカチンという硬質の音。誰かが、五番艦からライフルを撃ってきたらしい。揺れる艦上で、しかもそれ以上に揺れるペンギンのキューポラから覗く私の頭を狙撃したのだろう。砲塔に当てただけでも、たいした腕前だ。
喫水線上にいくつもの小さな穴が開く。もし、このまま三十ノットもの速度で進めば、仕上げは水圧がしてくれるだろう。スポスポ貫通され、脆くなった船体に大穴が開く。
「打ち方ヤメ！ そろそろビショップ号が回り込んでくるぞ！ 全速前進！ 五番館を挟んでビショップ号の背後をとるぞ」
肉薄するビショップ号に対し、ほぼ停船状態となった五番艦を障害物に見立て、その周囲を回って背後につこうというハラだ。
同士討ちを恐れて迂闊に撃てないのをいいことに、減速して五番艦の船尾から姿を出し、砲撃する。
ビショップ号の艦首左に至近弾だった。前甲板にいた水兵は水を被っただろう。
徐々に行き足を失いつつある五号艦に合わせて更に減速しながら、再び砲弾を放つ。
五番艦を回り込もうと、回頭を始めたビショップ号の右舷に着弾。防弾版に囲まれた艦橋基部に命中したが、非貫通だった。
ただし、鉄片はまき散らされただろう。『カニ眼』でも見えないが、細かい損傷はいくつもあったはずだ。
三百メートルの距離で、ビショップ号が五番艦の船尾に周りこむ。
Ｐ－０７は、五番艦の左舷に沿って前進して追い越し、横スライドしながら、五番艦の右舷に出る。また、ビショップ号から五番艦を盾に隠れる形になった。
ビショップ号の苛立ちが手に取るようにわかる。小回りと速度で翻弄するはずの駆逐艦が、その運動性能をはるかに上回る、正体不明の小型艦にいいように弄ばれているのだ。
しかも、一門だけとはいえ、同等の威力の強力な砲を積んでいる。嫌な相手だ。
五番艦の船首喫水線上にＨＥＡＴ弾を撃ち込む。至近距離の砲撃だ。外しっこない。大型の破孔が開き、ゴウゴウ流れ込む海水の音が聞こえるようだ。
哀れな五番艦をいたぶる様なマネをするのは理由がある。ビショップ号を焦らせること。もう一つは……。
ドドンという音とともに、二本の水柱が立つ。船団を先導していた旗艦のアーチャー号だ。
ビショップ号が手に負えなくなってきたとき、必ず救援要請を送るはずだと踏んでいた。
船団の後方から襲うこと。
左翼、右翼を守る駆逐艦を翻弄すること。
これらは全て、先頭を走るアーチャー号を引き剥がすためにあったのだ。
この『テルモピュライ作戦』の本当の火力は、Ｕボートの魚雷。ペンギンの戦車砲は、駆逐艦を引き剥がすための餌だ。
ペンギンの威力が小さければ、駆逐艦に適当にあしらわれて終わる。しかし、放っておけば甚大な損害を与えるかもしれない火力をもっていれば、排除に動かざるを得ない。
輸送船団は、バレンツ海と白海の境目となる狭い海域へと向かってゆく。あたかも砂時計の砂が吸いこまれてゆくかのように。
待ち構えるのは、横隊を組むＵボート。速度が追いつかないなら、待ち伏せしかない。Ｕボートの配置は極秘扱いなので、我々にも知らされていないが、必ずそうした布陣でいるはずだ。
潜水艦隊司令部のデーニッツの薫陶を受けた作戦室は無能ではない。
ペンギンにとっては、ここからが正念場だ。
特にＰ－０７は、二隻のベテランの指揮官が乗艦する最新鋭駆逐艦を相手にしなければならない。
五番艦から漂い出る火災の黒煙の方向に走る。手負いながらも、果敢にビショップ号が今や停船状態となった五番艦をすり抜けてきた。
逃げながら、至近距離から五番艦の陰から出たビショップ号の鼻先に砲弾を叩き込む。
構わず、ビショップ号が前に出た。
Ｐ－０７は、黒煙の中に紛れた。我々の進行方向と思われる方向に、水柱が一つ。アーチャー号の威嚇射撃だ。
「そっちの方向は狙っているぞ」
という、無言の威圧である。
