古強者の駆逐艦
私は『カニ眼』のフォーカスを、ビショップ号に合わせる。
二度の威嚇射撃以外は無駄弾を撃ってこない。さすが北太平洋で実戦を繰り返してきた古強者の駆逐艦だ。
落ち着いている。標的が、輸送船から自艦に移ったのを理解しているのだろう。じっくりと狙いを定めているはずだ。
レーダー測量は、P-07との距離を捉えている。彼我の距離二千メートル。真横に並んだ。
「距離二千! 方位ヨシ! 狙いが付き次第撃て!」
私が覗いている『カニ眼』の中の拡大されたビショップ号から、小さい光が瞬く。片舷に全部の砲を向けて一斉に撃つ片舷斉射だ。
「くるぞ!つっぱしれ!」
ペンギンの百五ミリ砲が砲声を上げる、加速したペンギンが危険なほど右舷へと傾いた。そのまま、アクセルをベタ踏みして加速する。危なっかしく傾きながら、ペンギンは急角度で進路を変えた。
機関砲銃座のバルチュ伍長が奇声を上げる。砲塔の後ろに機関砲銃座があるので、手を伸ばせば届くほど海面に肉薄したのだ。
五つの大きな水柱が立つ。いずれも百メートル以内の至近弾だった。距離はドンピシャ。レーザー測量は実に正確で、これからの海戦の主流は熟練の観測手ではなく、これに代わってくるのだろう。
海面が沸騰したかのように、ボコボコと小さな水柱が立つ。四十ミリ機関砲の着弾。
まぐれ当たりの一発が砲塔を掠って、鋭い金属音を残して飛び去った。
私は、体を叩きつけられないように、キューポラの縁につかまって、両足を踏ん張ってバランスを保ち、双眼鏡を覗く。
『カニ眼』ほどの望遠倍率はないので、詳しくは見えないが、ピショップ号から黒煙が上がっているのは見えた。命中だ。あの状況で、よく命中させるとこができたものだ。
「命中! たぶんな!」
照準器から目を離さず、砲手のクラッセン軍曹が「くたばれ」と言う意味の下品なハンドサインを送ってくる。
バウムガルテン一等兵が、見ないフリをしながら、ニヤリと笑う。
私は、米国兵のマネをして、大げさに肩をすくめて見せた。
ビショップ号は三十ノットで、我々は五十ノットで、二千メートルの距離を隔ててすれ違う。
四十ミリ機関砲が追尾してきたが、当たらない。
有効射程距離ギリギリだが、機銃手のバルチュ伍長が連装二十ミリFlak C/30機関砲を撃つ。敵艦にダメージを与えるというよりは、挑発に近い。
ビショップ号は、P-07が足を止めて撃ちあうと思ったのだろうが、当てが外れたようだ。我々はあっという間にすれ違い、四番目の輸送船を追い越して、三番目の輸送船に照準を定めたのだった。
遠くで回頭しながらビショップ号が砲撃を加えてくる。着弾は百から百五十メートルと対艦戦闘なら至近弾だが、我々の全長はわずか八メートル。しかも絶えず動き回っているのだ。
「当たるかよ! ばーか!」
機銃手のバルチュ伍長が大声で叫んでいる。
私が覗いている『カニ眼』に三番目の高速輸送船の像が飛び込んでくる。
ピントを合わせるツマミを調整し、目盛を読んだ。
「目標三番艦! 距離二千二百! 方位、左に五ポイント!」
と、砲手に観測データを送り、
「機関減速! 三十ノット!」
と、操縦手に指示を飛ばす。装填手のバウムガルテン一等兵が装填作業をしている間、キューポラから頭を出して、ビショップ号の方を見る。
駆逐艦は小回りが利くとはいえ、ペンギンのようにフリッパー・ターンが出来るわけでもないので、まだ回頭の途中だった。
時間はある。今のうちに三番艦に弾を叩き込みたいところだ。
砲の尾錠を閉める音を聞いて、『カニ眼』を覗く。僅かな時間で、多少、目標がずれている。
隊列全体が、わざと減速したのかもしれない。
「砲手! 微調整! 方位右一ポイント!」
砲塔回転ハンドルを微妙に動かしながら、クラッセン軍曹が百五ミリ砲を発射させる。
重い砲声。機体は傾いたが、今度は速度を落としているので、フリッパーが水をしっかりつかみ、なんとか『カニ眼』は三番艦を捉えたままに出来た。
水柱が立つ。砲弾は、三番艦を飛び越えたようだ。
「至近弾! オーバー! 方位ヨシ」
観測結果を伝え、双眼鏡を掴んでビショップ号を見る。回頭は終わったようだ。チカッと艦首の二基二門の三十八口径五インチ砲が瞬き、水柱が二つ立った。一つは手前、一つはシュルシュルと空気を裂いて飛越した。
嫌な予感がする。レーダー測量が実用化する前は、『莢叉法』という着弾の様子を見て、照準を微調整する砲撃が行われていた。
独国海軍は今でもその方法を使っている。砲手のクラッセン軍曹も、無意識に『莢叉法』を使っていた。ビショップ号の艦長は、米国参戦前からの古参の海軍士官だ。ひょっとしたら……。
「砲撃中止! 全速前進! ジグザグ航行開始!」
P-07は前方に飛び出し、水面上を横滑りしながら、急角度に曲がった。
ビショップ号の砲撃。まさに、われわれが居た場所に二つの水柱が立つ。
のんびり砲撃していたら、危なかった。輸送船団が減速したのは罠だったのだ。
我々を減速させて狙いがつきやすいようにして、『莢叉法』を使った精密射撃を試みたのだろう。
商船と違い、高速輸送船はもともとは軽巡洋艦や駆逐艦である。何発も砲弾を食らえば危ないが、一発ならなんとかなる。そう判断して、輸送船を囮に使ったのだ。
「くそ! 護衛艦隊め、なかなかやるな」




