HEAT弾
三十五ノットに増速する。それで約一時間突っ走った。
機銃弾の初速の減衰効果を狙って厚くなった中空装甲、大型化したシュルツェン兼フロート、上面装甲の追加装甲、これらの理由で後期型ペンギンは重量が増し、最大船速は五十四ノットを切るようになってしまったが、それでも独国海軍最速のSボートの四十三ノットより早い。
もちろん、そんな速度で動くわけにはいかないので、足の速い漁船程度に抑えているのだ。
Uボートの潜望鏡すら捉える護衛の駆逐艦の短波レーダーは、彼我の距離五千メートルを切った現在、捉えているはずだ。
レーダー上では我々は光る点の一つにすぎないが、望遠鏡で見られれば、明らかに漁船と違うシルエットだとバレてしまうだろう。
だが、この海域は漁船も多い。感度が良すぎる短波レーダーには無数の反応があるだろう。それを一つ一つ確認するとは思えない。
しかも、我々はレーダー上の『近づいてくる光点』ではなく、すれ違い離れて行く光点だ。小細工の類だが、うまくレーダー観測室の連中が騙されることを願うばかりだ。
遠距離砲撃戦。後期型ペンギンの主砲『百五ミリKwK L/28』の趣旨はそれだ。したがって徹甲弾を一発も積んでいない。ずんぐりした短砲身から撃ち出される砲弾は初速が遅く、貫通力に欠けるのだ。遠距離砲撃戦ということも考えると、飛距離による威力の減衰もあり、徹甲弾の意味がなくなってしまうのである。
そこで、積んでいるのはHE弾(榴弾)とHEAT弾(成形炸薬弾)である。
榴弾は、いわば砲弾型の爆弾で、当然のことながら距離による威力の減衰はない。飛び散る鉄片と爆風によって艦上構造物の破壊や乗員の殺傷を目的としている。
成形炸薬弾は、徹甲弾の代わりをする特殊な砲弾だ。
私はカール・フェルゲンハウワー中尉のような技術士官ではないので、詳しいことはわからないが、たしか……
『砲弾の中に着弾と同時に爆発する爆薬が仕込んであり、ライナーと呼ばれる砲弾の進行方向に対して逆V字型に被せられた金属製のキャップに強大な圧力がかかり、ライナーが砲弾後部の炸薬に押し出されて△型に変形して、金属の科学的な結合が解かれ一種の液体状になった圧力の塊が装甲の限界を超えて突き抜ける』
……らしい。まぁ、とにかく、この砲弾の使いどころは、榴弾では傷ひとつつかない防護版のある場所、例えば艦橋や砲撃指揮所や砲塔といった場所を叩くのに使えばいいということだ。
「詳しい事は、俺にもわかんないすけど、使った事も使われたこともあるす。シュルツェンは、もともとHEAT弾対策っすよ」
砲手のクラッセン軍曹が言う。
砲弾の先端に、炸薬を作動させる信管があるのだそうだ。シュルツェンにぶち当たった瞬間、炸薬が作動するので、装甲本体にはガスと液化した金属が叩きつけられるだけで、何とか耐えられるらしい。密着して爆発しないと、効果は半減するという話だ。
使いどころは、クラッセン軍曹が判断するだろう。
私はペンギンの方向性を導き、砲撃対象を指定し、観測する。それが、艇長の役割だ。
わたしの双眼鏡が、水平線上の黒い染みを見つける。
多くの艦船から上がる、黒煙。
間違いない。高速輸送船団だ。
―― 敵影見ゆ ――
ペンギン内部に緊張が走った。




