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今再びのバレンツ海で

 無線封鎖が破られたのは、二日後の昼前の事だった。

 漁師同士の収穫の話に偽装した会話がなされ、その内容から、駆逐艦を輸送船に改良した高速輸送船が十隻、護衛の駆逐艦が三隻という陣容だった。

 輸送船は二列縦隊。駆逐艦はその列を守るように三角形に陣を敷き、対潜警戒網を作っている。

 後方が無防備なのは、Uボートの速度では追尾できないから。三十ノットもの高速で移動されると、進路を予測して待ち構えるしかない。それを、護衛の駆逐艦が蹴散らすという戦法だろう。

 HF/DFは、漁船の電波をキャッチしている。露国語で交わされる会話は、傍受して通訳されているだろう。

 だが、その他愛のない会話に含まれている暗号は、先日適当に決められたものだ。エニグマのような暗号機を使った『いかにも暗号文』という通信ではない。

「船団が来てるから気をつけろよ」

「ニシンが三尾しか釣れなかった」

「こっちはたタラが十匹だ」

「しけてやがるな」

 そんな会話が、通信されている。

 例えば『ニシン』は護衛艦。『タラ』は輸送船を示している。無線を受信した我々は、敵の船団の構成をこれで知ることが出来るというわけだ。

 この調子で、進路、速度などが我々に送られてきて、迎撃ポイントを絞る。

 高速輸送船団は、三十ノットの快速で、まっすぐ白海に向かっているらしい。魚雷を避けるランダムな転針も行わず、ひたすら白海目指している。

 緊張を強いられる航海だっただろう。だからゴールを目の前にして気が急くのもわかる。

 我々は、一旦護衛駆逐艦をやり過ごし、後方から襲い掛かることとした。

それを漁師の会話に偽装して、バウマン大尉に通信する。

 漁船を装って、一万メートル以上距離をとって、すれ違う。我々のシルエットは明らかに漁船とは違うが、ペンギンほど小さい船に注意を払うとは思えない。

 船団をやり過ごした後、Uターンして船団を追尾。後方の輸送船を三千メートルの距離に捉えたら、砲撃を開始。後方から順に隊列から落伍させる。

 船足をつぶすのが、今回の作戦のキモだ。群れからはぐれた羊は、海の狼の魚雷と言う名の牙に食い殺される運命だ。


 隠れ場所からペンギンが出る。遭遇予測ポイントまで、およそ二時間。私は、全員にチョコレートを配り、珈琲を淹れた。これから交戦になるが、昼食をとる余裕がないかもしれない。

 そんな時は、行動食がいい。チョコレートとか、ビスケットの類だ。戦闘前だと緊張のあまり吐いてしまう者もいるが、P-07にはそんな神経の細い奴はおらず、チョコレートをほおばり、片手で機材の点検を行いながら、マグカップの珈琲を飲んでいる。

 砲の仰角を調整するハンドル、砲塔を旋回させるハンドル、その両方を手で操作しながら、砲手のクラッセン軍曹が、歯でカップの縁を咥えてバランスをとっていた。器用なことだ。

 私は、新しい装備である『カニ眼』のピントを合わせるネジを調整し、目盛を微調整した。

 機銃手のバルチュ伍長は、操縦手横のハッチから、身軽な様子で外に出て、筒先の木栓を外し、卑猥な手つきで砲身を撫でる。

「バカやってないで、配置につけ」

 照準器からその様子を見ていた砲手のクラッセン軍曹がどなる。

 バルチュ伍長は、街娼を真似した腰をくねらせる歩き方で、揺れるペンギン上を歩いてゆく。

 訓練を始めたばかりの頃は、静止したペンギンの上を歩くのもおっかなびくりだったのだが、人間は新しい環境に慣れるものらしい。

「増速しますか?」

 各種点検を終えた操縦手のベーア曹長が聞いてくる。

「よし、全速前進。糞ヤンクスをぶっ叩きにいくぞ」

 私はマイクでそう答え、乗組員全員がそれに応じて拳を突き上げる。

 今再びバレンツ海でペンギンの砲声が響くことになる。兵の士気は高く、砲弾は放たれるのを待つばかりであった。

 

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