ヴィルヘルムスハーフェン海軍司令部
ヴィルヘルムスハーフェン海軍司令部には、自転車で向かった。
クルト爺さんのバイクに乗せてもらえば早く行けたのだろうけど、あの巨大なバカ犬と同乗するのは考え物だ。
何時だった、アイスバインの骨を、あの犬がまるでプレッツェルのようにバリバリと噛み砕いているのを私は見ているのだ。
目的地には十分程で到着した。すでに話は通っているのか、いつもはよほどのことが無い限り誰も入り口を通さない衛兵が、さっと道をあけてくれる。
乗艦を撃沈され職にあぶれた海軍士官が、再度海に出ることを願って次々に陳情に来るのだ。衛兵はそれを遮断する役目を担っているのだった。
陳情に来た海軍士官たちの暗い目つきに見送られながら、門をくぐるのは、なんとも居心地が悪い。しかも、私の袖章は正規の海軍章ではなく、波線の予備役海軍士官のものだ。
なんで、正規の海軍士官ではなく予備役ごときが職にありつくのかと、彼らが不満を感じるのも無理はない話ではある。
私が案内されたのは、ミーティングルームのような部屋だった。
すでに四十人ほどが集められていたのだが、一種異様だったのは、その集められた軍人の約半数が陸軍の兵士であったことだ。
同じ国防軍とはいえ、陸軍と海軍の仲は良い方ではない。なんとなく、陸軍は部屋の右半分に、海軍は左半分に、集団を作っているらしかった。
私は、その中間に座った。空いている席がそこしかなかったからで、他意は無い。陸軍の連中は、横目で私の事を睨んでいるようだったが、話しかける事まではしてこない。
昔、ケンカばかりしていた犬が、久しぶりに出会ったような雰囲気が、このミーティングルームには充満している様だった。
「お集まりいただき、感謝する」
ヴィルヘルムスハーフェン海軍司令部の上級指揮官、クラウツ准将が、そう声をかけながら、ミーティングルームに入ってきた。同行しているのは、陸軍の大佐。それに、絶望的に軍服が似合わない鶴のように痩せた男の2人だった。
私は予備役とはいえ、海軍士官なので、その痩せた男のシャツの裾がズボンからはみ出ているのが気になって仕方がない。
クラウツ准将は、海軍の軍人というよりは、一見「田舎の牧師」といった風情の朴訥な人物で、ともすれば愚鈍にみられる人物だ。
だが、彼を侮った者は必ず後悔する羽目になる。外見に似合わず、激しい性情を持っているという噂だ。幸いにして、私はそれに遭遇したことはないが。
地図が、正体不明の痩せた男の手によって、黒板に貼られる。ドーバー海峡周辺の地図だった。
私が商船に乗っていた頃、仏国・西国と、独国を結ぶ航路を主に航海していたので、馴染のある海域であった。




