マスタングの監視区域を抜けて
米国のマスタングが配備されるようになって、英国のスピットファイヤと比べてぐんと航続距離が伸びたことから、氷国やシェトランド諸島の航空基地の監視範囲は、諾国の北部に近いロフォーテン諸島まで伸びた。
従がって、我々は昼間をフィヨルドの岩陰に隠れて過ごし、夜間に海を走るという日常になった。
重い予備燃料を積んでいることから、速度を出すのは避けたいところだが、昼夜を三十ノットで進む高速輸送船団に先んじるためには、夜間の海をほぼ全速力で走らなければならない。
「くそっ! 舵の効きが悪い」
操縦手のベーア曹長が毒づくほど、慣性の法則で機体が流れるらしい。
岩に激突すれば、大破はまぬがれない。視界の悪い夜間なら更にリスクは増す。
なので、二キロメートルほど沖に出て岩礁帯を避け、突っ走るしかなかった。そうなれば発見の危険性は増すが、ここが見捨てられた海域で、哨戒艇や夜間哨戒機が来ないことを祈るしかない。
暗視望遠鏡で、海岸線を確認しながら、陸からの距離を測りながら、進行先の地形にも注意をする。
フィヨルドは浸食によって出来た地形なので、思わぬところに暗礁が眠っていることがあるのだ。
極端に喫水が浅いペンギンは、それほど神経質になることはないが、それでもドシ上げ(「座礁」の船乗り俗語)たら、鋭い岩は段ボールのように、ペンギンの船底を裂いてしまう。
靄が、湯気のように海面から上がる。昼間の陽光に温められた海水と、氷河を吹き降ろしてくる冷たい風の温度差による現象だ。
私は航空機に乗ったことがないが、雲の上を飛ぶと、こんな感じになるのだろうか? 高い場所はそれほど得意ではないので、積極的に見たいとは思わないが。
ようやく監視区域を抜けた。あと六百キロメートルほどで、スカンジナビア半島の北端に到達する距離だ。
ここからは、昼夜兼行で移動できる。高速輸送船団は、ラジオ放送に偽装した暗号によると、氷国に到達したそうで、そこで最終の補給を行い、ノンストップで白海を目指してくる。
我々は先んじることに成功した。あとは、白海の入り口になるコラ半島とカニン半島の間の狭い海域で待ち伏せするだけだ。
今回は、高速輸送船団と併走しながらの砲撃戦。それをP-08と我々とで左右からはさみながら行う。
少しでも砲撃の集中を避けるためなのだが、我々は雨霰と弾雨の洗礼をうけるはずだ。
頼みは、鍛えぬかれた機体操作と、ペンギンの小ささ。
相手は小さいサイズで全長百メートル。大きなものでは、百五十メートルに及ぶ。対してペンギンは八メートル強。
もっとも小さい戦闘艇であるSボートでも全長はおおよそ三十三メートル。旧式の対空モデルに換装されたタイプでも三十メートルだ。ペンギンがどれほど小さいか、理解出ただろうか。
そのうえ、実際火蓋を切れば、二千メートルから三千メートルの距離をとりつつ、高速で移動しながらの砲撃戦となる。高速輸送船団から見れば、目視での射撃は不可能に近い。
対して我々は簡易測距儀にもなる『カニ眼』を装備しているし、百五十メートルの標的なら、着弾がブレると評判の悪い『百五ミリKwK L/28 戦車砲』でもどこかには当たる。当たれば榴弾は船上構造物に何らかの被害を与える事ができるのだ。
米国軍の誇るレーダー測量と射撃指揮システムを組み合わせた砲撃でも、まぐれ当たりの副砲の一撃しか、P-07には当たらなかった。他の機もそうだが、殆どはボフォース四十ミリ機関砲L/60とカタリナの機銃掃射による損傷だった。
そして、今回はカタリナがいない。大規模輸送船団の際に三機とも撃墜又は無力化したことが、大きかった。
随伴航空機は、ペンギンの天敵になる。
そして、P-09の乗組員を皆殺しにした『ボフォース四十ミリ機関砲L/60』もまた。




