フィヨルドの冷たい海
春は近付いているが、まだ寒い海の上を行く。
風は穏やかで、波も経っていない。この海域特有の靄が揺らめきながらたっていて、その白いヴェールを音もなく咲きながらペンギンは進んでいるかのようだ。
夜間に哨戒艇も哨戒機も飛んでいなかった。
やはりここは、見捨てられた海域なのだ。視界の良い昼間は、航続距離が長い米国のマスタングが偵察に来るらしいのだが、ドロップタンクを付けた状態での航続距離はおよそ二千六百五十五キロメートル。
英国領内に作られた米軍の最北の駐屯地である氷国やシェトランド諸島からだと、諾国の北部に近いロフォーテン諸島までが往復できる距離となる。
そこを過ぎるまでは、夜間に距離を稼ぎ、昼間は隠れ潜むという形になる。フィヨルドの岩の隙間に隠れながら、高速輸送船団の資料に目を通す。
テントを展開出来ないので、乗組員各自は自分の配置場所で、休みを取っている。
一番恵まれているのが機銃手で、小物入れ兼ベンチの座面に手足を伸ばして横になることが出来るのだ。
一番かわいそうなのが、装填手。有事に際は立って作業するので、折りたたみ式の簡易座席しかない。砲弾ケースと組み合わせてすわり心地が良くなるよう工夫はしているようだが。
『一日一隻のペースで駆逐艦が作られる』
これは、米軍の桁外れの生産能力を皮肉った海軍ジョークだが、一日一隻はオーバーだとしても、かなりの数の駆逐艦が次々と就航しているのは事実だ。
装備も最新鋭の物に変えられ、旧式の駆逐艦はいくつかの機銃を残して武装を外し、クレーンをセットして貨物船に換装しているのだ。
各船長も商船乗りではなく、予備役の海軍士官がこれに就いているらしい。規律正しく行動し、三十ノットを越える高速で移動する船団。なるほど、Uボートがお手上げなわけだ。
船足が遅い商船を護衛する時、商船が大きく海域に散らばってしまわないよう密集させる。
だが。この高速輸送船団は、艦隊行動よろしく二列縦隊を組んで行動している。大砲がないだけで、輸送船も軍艦の一種と考えた方がいい。
シュルツェンが大型化して、機体の安定が良くなったのは、幸いだったかもしれない。
今回の『テルモピュライ作戦』では、護衛艦を輸送船から引き離すという従来の戦闘方法ではなく、視界に入ると同時に輸送船、護衛艦の区別なく砲撃しないといけないからだ。
厳しい戦いになるのは、想定の範囲内だが、前回より良い点もある。
カタリナを持参している艦がないことだ。
高速での輸送。その戦術に自信があるのだろう。
事実、Uボートはお手上げの状態だった。ペンギンが戦列から叩き落とした手負いの艦に止めを刺すのがUボートの役割と言うことになりそうだ。
手柄はUボートに持っていかれるが、それは別にかまわない。我々ペンギンは極秘のうちに開発された機体で、歴史の影にある存在だ。
そういう意味では、カエルのような工作員と境遇は似ているのかも知れない。
操縦手のベーア曹長が、椅子の背もたれに頭を預けて、眠っている。苦しい姿勢だからか、鼾がすごい。
その横では、機銃手のバルチュ伍長が、毛布を敷布に外套を布団代わりに、ベンチ兼小物入れの上で、胎児のような格好で寝ている。
フィヨルドの冷たい海の上で。




