作戦名は『テルモピュライ』
時代に取り残されつつあるUボートは、何か華々しい活躍が欲しい。そうした心理につけこんだ形で、ペンギンは露国領内での通商破壊活動に引っ張り出すことに成功した。
必死の陸戦を続けている露国に辺境の戦闘に振り向ける余力はない。弱体化したとはいえ、まだ東部戦線の独軍は精鋭揃いで、ティガーやパンターといった新型戦車も導入され、状況によってはまた露国が押し戻される可能性は依然としてあるからだ。
スターリングラードの奪還、レニングラードの奮闘、それら少ない勝利に露国軍はしがみつき、なんとか反攻の足がかりを作っている最中なのだ。
操縦手のコンラート・ベーア曹長が中心となって、予備燃料タンクを設置する場所が作られた。二百リットル入りのドラム缶を三つ三角形に並べる。
高速機動中に、大きく後ろに反ることが多かったことから、後部のフロート兼シュルツェンが大型化した後期型ペンギンだが、その副次的作用として、簡易住居区になるテントのスペースが大きくなった。
そのテントスペースにドラム缶を設置する。簡単にもぎ取られることが多かったシュノーケル付吸排気煙突だが、これも構造を強化されたので、そこにしばりつけた。煙突の熱で燃料を温める効果もある。見た目は酷いが。
第一次世界大戦の頃、予備燃料タンクを荷車に乗せて牽引していた戦車があったそうだが、さしずめ、ペンギンは『予備燃料タンクを背負って』航行する小型艇ということになろうか。
カエルが我々との連絡に使う小型の漁船では、一度に二本しかドラム缶を運べないので、三日かけて輸送した。
漁船への積み込みはトラックのクレーンを使って吊り下げたらしいが、漁船からペンギンへの移積は人力を使わなければならない。事故なくやり遂げたのは、幸運だった。
「今度は、クレーン付きの漁船に変えておくよ」
とは、力仕事が苦手らしいカエルの言葉だ。
なるほど、それはいい考えだ。
食料を積み、夜の海に出る。しばらくは、ペンギン内部よりはだいぶ快適なテントはあきらめなくてはならない。
積載オーバーの状態なので、ペンギンは何か『のっそり』とした動きになっていて違和感がある。
春は近いが、まだ寒い海を行く。冬荒々しさは鳴りを潜めていて、北海や諾海では珍しく穏やかな表情だ。
生憎とオーロラは出ないが、星が零れ落ちそうなほど鮮明に見える空。静かな夜の海を三十ノットの巡航速度で、滑るようにペンギンが走る。
英国も米国も今は大詰めを迎えるアフリカ戦線に傾注している。
露国は、やっとつかんだ勝利を次の勝利に結び付けようと死力を振り絞っている。
だから、この北の海は心理的な死角なのだった。優先順位が低下すれば、事故のリスクがある危険な夜間の哨戒は行われない。
米国の大規模輸送船団が襲われた直後には、かなりの数の哨戒機や哨戒艇が派遣されたようだが、我々は修理のためロストックに居た。哨戒機の数は増えたが、あれから二カ月が経過し、我々を見つけられなかった米国と英国はダレてくるころだ。
ペンギンはその生命線である機動性を、航続距離のために封印した状態なので、大規模輸送船団の仇をとろうと血眼になられると困る。
作戦は開始された。Uボートはフィヨルド沿いに隠密行動をとりながら、スカンジナビア半島を回り込むそうだ。作戦に参加できるUボートは三隻。それ以外は、連続して浮上航行しても間に合わない位置にいるらしい。
作戦名は『テルモピュライ』となった。
狭隘な地形を利用して大軍を迎え撃った古代スパルタ人の戦場の名前だ。
レニングラードへの補給を断つ。負け戦続きだった露国の心理的な拠り所が不屈のレニングラードだ。そこを叩ければ、独軍にはまだ勝利の眼はあるはずだ。




