ドロップタンク
現在、露国は『バルバロッサ作戦』から始まる独国の電撃作戦で失った領地を必死に押し返している。
その結果、スターリングラードを奪回し、レニングラードの包囲もわずかに開いた一穴『命の道』を守り抜き、それを拡充することに成功しつつある。まさに死力を振り絞った状態で、無人の荒野が続く白海より更に北部に関しては、全くのノーガードだ。戦略的価値もないので独軍も放置している。
その盲点をつくように、高速輸送船団が滑り込むらしい。ゴール間際の所でペンギンが横からぶん殴る。作戦は一度でいい。ペンギンの襲来を警戒すれば、輸送ルートはさらに大回りになり、物資の到着は遅延する。
現在、無防備の地に、露国が警備を振り向けなければならなくなれば、前線に配置する兵士がその分減るというわけだ。
二日連続してカエルが来た。露国にいる工作員の情報を持ってきてくれたのだ。
「現在、露国はスターリングラードとレニングラードで攻勢をかけてきていて、カニン半島とコラ半島には兵力と呼べる兵力はないそうです。少数の哨戒艇を覗いて海上戦力もなし。何度も使える手ではないですが、一度やってみてもいいでしょう」
やはりそうだった。露国は国土が広大すぎて、面での防御ではなく、主要拠点同士を結ぶ防御策をとる。ようするに散兵戦術が基本なのだ。
「問題は航続距離ですね。ペンギンの航続距離は三十ノットの巡航速度で、おおよそ千五百キロメートル。満タンの状態でも、フェロー諸島からだとフィヨルドの北端に到着するのが精一杯です」
それについては、アイディアがあった。
「米国空軍のマスタングを参考にしましょう。ドロップタンクを積むのです」
続々と英国に臨時の航空基地を作りつつある米国だが、その主力となるのだマスタングである。マスタングは、追加の燃料タンクを積むことにより飛躍的に航続距離が延びた。
外にむき出しで設置されるドロップタンクだが、引火を恐れて交戦時には切り離される。物資が豊かなアメリカの発想だ。
ペンギンの場合はもっと単純で、ドラム缶をテントのスペースに固縛してそこからホースを引き、エンジンに燃料を供給させるのだ。
このドラム缶の燃料で行けるところまで行く。使い切ったら、ホースを切り離して、海中に投棄する。
そうすれば、航続距離は倍になり、フィヨルドを越えてコラ半島とカニン半島の海域までたどり着ける。
むき出しのドラム缶を撃ち抜かれたら目も当てられないが、ペンギンにとって隠密行動はお手の物だ。
それに隠れるところが一杯あるフィヨルドで、ペンギンを捕捉できる船も航空機もない。
「帰りはどうするんです?」
と言うカエルの質問に、私はスカンジナビア半島の北端のフィヨルドの地点を指差し
「ここに『乳牛』を潜ませる。それで帰りの燃料を補給できればいいと思っている」
と、答えた。
「海軍本部はなけなしの『乳牛』を出しますかね? 四隻しかないんですよ」
腕組みをして、カエルが唸りながら、そうつぶやいた。
「すでにUボートは時代遅れになりつつあるが、ペンギンと組めばまだ戦える。ペンギンに協力すると思うよ、デーニッツ閣下は」
海軍では、前任者を追い出してデーニッツが実権を握ったそうだ。Uボートの栄光でこの座を勝ち取った男だ。Uボートを補助するペンギンには、好意的だ。




