高速輸送船団の挑戦
辛い『待機の時間』が始まる。
シェトランド島から飛来したクラシカルな複葉機フェアリー・ソードフィッシュが、フェロー諸島もパトロール区域に組み入れたらしく、定期的に上空を飛ぶのがうっとおしい。
気にいらないのは、哨戒任務を行うフェアリー・ソードフィッシュに随伴する護衛の戦闘機がスピットファイアではなく、米国空軍のマスタングであること。
これは、英国内に米軍の駐屯地が着々と増えている事と、英国空軍との共同作戦を行っている事を示している。
カエルの推測ではおよそ十五万人規模の米国将兵が英国に臨時の駐屯地を作っているそうだ。
航続距離が短いスピットファイヤと違い、マスタングはドロップタンクという切り離し可能な補助燃料タンクを装備することによって、英国と独国を往復できる航続性能を有していることだ。
つまり、本土を爆撃する爆撃機は護衛の戦闘機を随伴できるということを示している。
独国を直接ぶん殴れるほど手が長くなった連合軍。水際までアフリカ軍団を追い詰めている連合軍。極寒の露国で、凍えた独軍を数で圧倒しようとしている露軍。
独国包囲の輪は確実に締まってきており、いずれは縊り殺されてしまうだろう。
高速輸送船団の情報をカエルが持ってきたのは、フグロイ島に潜伏を始めて二週間が経過した頃だった。
いつでもこの岩場から飛び出せるように、エンジンは点けっぱなしになっていて、エンジンが止まると、我々の暖房器具は小さな携帯ストーブだけになってしまい、たちまち凍えてしまう。
遠征などで、一気に燃料を消費してしまう場合は、『乳牛』による補給作戦が展開されるが、普段はカエルによる細々とした補給が行われるだけだ。
新鮮な食料などは、大体三日おき程度で行われ。その際に、外部から入ってきた情報の共有が行われる。
今回は、高速輸送船団の話だった。
スターリングラードを奪回して意気が上がる露国は、中央軍集団と南方軍集団の間に楔を打ち込んでいる。これが、クルスクを中心とした各都市で、度重なる独国軍の攻撃にもかかわらず、これを強固に保持していた。
目障りなこの楔を砕くべく、中央軍集団と南方軍集団が息を合わせて挟撃する作戦が立てられ、対して露国は「夏季に大攻勢をかける」という宣伝をしきりと流していた。
活発な輸送船団の動きはこれに連動するもので、膨大な物資が諾海を経由して運び込まれている。
Uボートはこの高速輸送船団を追尾することが出来ず、HF/DFによる無線電波の探知があるので待ち伏せの『群狼作戦』も使うことが出来ない。もはや時代遅れの戦法になってしまったのだ。
この高速輸送船団に対抗できるのは唯一、ペンギンだけだ。
ボストンを出港した高速輸送船団は、二十五ノットの快速を保ちつつ、米国沿岸を北上し、例によって英国領の氷国に補給のため寄港。そこからはバレンツ海のどこかを通って露国に向かうつもりだ。
前回のコースとほぼ同じなのは、高速輸送船という方法論に絶対の自信をもっていることの表れだ。一度こっぴどく叩かれても屈しないことを示す意味もあるのだろう。
米国は正体不明の小型艦艇に挑むつもりなのだ。




