カエルの焦燥
久しぶりに見るカエルを、我々は珈琲とチョコレートでもてなした。
『トロールの投石』作戦では、作戦終了と同時に帰還したので、作戦開始前に情報交換して以来顔をみていないのだった。
「情勢は良くないですね。アフリカ戦線は、なんとかこう着状態にもっていきましたが、マレス防衛線を放棄した現状では、長く持たないという見解です」
戦友を多くかの地に残しているクラッセン軍曹の顔が曇る。彼は、地中海派遣を熱望していたのだが、願いは届かなかった。戦友たちの苦境を前にして、何かしたかったのだろうが、それは私も同じだ。
「東部戦線も良くないです。スターリングラードを奪還されたのが痛い。露国軍は勢いに乗って、だいぶ圧力を強めてきています」
南方軍集団と中央軍集団の間にあるクルスクに、露国軍は楔を打ち込んできている。一方、独国軍は前線を押し戻すためにその突出部分に挟撃をかけようとしている。
クルスク周辺での激突は必須の状態なのだが、露国は広い国土から人的資源を、技術や兵器の補給をレンドリース法により米国から受け、やせ細る一方の独国は時間が経過すれば経過するほど不利になる状態だ。
少しでも、露国の力を削る。そのために我々はこの極寒の海にいるのだ。
カエルもそのために必死で情報を集めている。
「英国内での防諜圧力が高まっています。工作員は一人づつ狩りだされ、殺されている状態です。何か、重大な事が進行しているはずなのですが、それが掴めない。きっと、大反攻作戦のはずなのですが……」
カエルの焦燥は、英国情報部との水面下の戦いゆえであった。
英国本土北端のラス岬に女性工作員の姉妹を送った事を思い出す。あんな風に英国内に潜入した工作員が、大規模な軍事行動の秘密を探り出そうと、英国情報部と暗闘を繰り返している。これもまた、戦争の側面なのだろう。
「また、工作員の送迎にご協力を仰ぐことがあるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
カエルはそういって、我々に頭を下げる。
ペンギンは高速で移動できる。三十トンに満たない機体重量にもかかわらず、一千トンクラスの船を動かすエンジンを搭載しているのだ。そのうえ、八十ミリから四十ミリという巡洋艦クラスの装甲を持ち、哨戒艇などの小型艇なら一撃で撃沈できる砲を持っている。
なるほど、工作員のエスコートにはもってこいの機体というわけか。設計者が意図していなかったペンギンの有用性の一つだ。
米国が新しい輸送方法として採用した高速輸送システムだが、Uボート側はお手上げ状態らしい。
大西洋や北海に展開する主力Uボートは、『VⅡC型』と呼ばれるもので、浮上時の航行速度は最高十八ノット弱、潜航時は八ノット弱。高速輸送船団は平均二十五ノットで一気に走る。
Uボートは追いつけないのだ。そして、浮上すれば短波レーダーで捕捉され、砲撃される。
これに追いつけるのは、ペンギンを除けばSボートくらいだが、木造で軽量のSボートは機銃掃射でバラバラに分解されてしまう。
大型重武装の米国駆逐艦に機動戦闘を仕掛けることが出来るのはペンギン以外なく、北海から露国への補給路に立ちふさがるのは、現時点ではP-07とP-08しかいないのだ。
「榴弾で? 高速で動きつつ行進間射撃? 無理難題っすね」
下町訛りでクラッセン軍曹が言っている。のんびりとした口調だが、自信があふれていた。P-07には砲撃の名手がいる。
それに幸運も。




