フェロー諸島 再び
夜の海を十五ノットで走る。ペンギンは低速だと左右の舷側が上下するローリング(横揺れ)や船首と船尾が上下するピッチング(縦揺れ)が酷いのだが、シュルツェン兼フロートが大型化したことにより、水上姿勢の安定度は多少良くなったようだ。
これからは二千メートルから三千メートルを基準とした砲撃戦が主体となる。機体の安定はとても重要だ。
カタツモリ岩を過ぎた。手順通りに麻袋に入った指令書を開封する。麻袋には鉛玉も同封されているが、これは指令書が敵の手に渡らないよう海に投棄するためのものだ。帆船時代からの海軍の伝統っていうやつ。まぁ、ペンギンに接舷しての斬り込隊なんて、ありえないのだけどね。
指令書の内容は、予想通りフェロー諸島を拠点とした通商破壊。そして、フェロー諸島に潜伏している工作員の補助だった。
ロストックでの訓練が終わり次第、第二作戦群八機のうち二機があの極寒のベア島に派遣され、そこを本拠地とするそうだ。
我々の報告書を作戦本部がちゃんと読んでいる証拠だ。北極海に近いベア島は確かに環境は厳しいが、小屋があり港があるので、寒さに震えながら岩の隙間に隠れ続ける我々よりはマシかもしれない。
当然、小屋のための生活利便品は、はじめから用意していくだろうしそう考えると、フェロー諸島は全くの貧乏くじと言うことになりそうだ。
「前回と同じルートでいいんですよね?」
操縦手のコンラート・ベーア曹長がいう。彼が言うルートというのは、ロストックから中立国のくせに独国の艦船の出入りを監視して、こそこそと英国に報告している典国の海岸線を避けて丁国側の海岸線を通り、欧州最北端のスケーエン岬を回り、スカゲラク海峡を横断するルートの事だ。
スカゲラク海峡を越えて北海に出たら、諾国のフィヨルドに沿って北上。空軍基地がある英国シェトランド諸島を大きく迂回すれば、懐かしのフェロー諸島だ。
「ああ、そのルートでいい」
頭の中に海図を描きながら、そう答えた。
「それはそうと、今度ロストックに戻ったら、テレーゼ嬢と結婚するんですか?」
さすが、P作戦本部のゴシップ屋、ベーア曹長だ。情報の仕入れに余念がない。まぁ、先行して色々な情報を仕入れてくるのも彼だ。手持ちの情報は多い方がいいのだろう。
「わからん。しかし、プロポーズはしてみるつもりだよ」
彼女の愛情は、道端に捨てられている子犬に対する憐憫の情なのかもしれないし、そういった男女の艦上の機微は、青春の殆どを海上で過ごした私には理解が及ばない。気圧配置を見て観天望気する方が、よっぽど簡単だ。
ヒューヒューとペンギン内部から冷やかしの口笛が鳴る。ムードメーカーのバウマン大尉が乗っているP-08じゃあるまいし、P-07では珍しいことだ。
「こいつは、何が何でも生きて帰らないと、いかんっすね」
いつもは敵意むき出しの砲手、クラッセン軍曹までが会話に加わる。これは、私の功績ではない。テレーゼの功績だ。
彼女はP-07と08の乗組員のアイドルで、皆に好かれている。彼女の善良さや優しさが彼らには理解できているのだ。
「そうだな。生きて帰ろう」
この絶望の海で。このちっぽけなペンギンで。
二日後の明け方、我々はフェロー諸島のフグロイ島に到着した。
以前より一日多く航海に費やしたのは、航空機による監視が強化されていたから。
シェトランド島のフェアリー・ソードフィッシュを中心とした哨戒機は増強されていて、米国でライセンス生産され、レンドリース法に基づき提供されたスピットファイヤ戦闘機で戦力が増強されて、制空権と制海権に睨みをきかせていたのだ。
おかげで、更なる大回りを余儀なくされ、到着が一日遅れたというわけだ。
おつもの隠れ場所には、漁船に偽装したスパイ船が待っていた。久しぶりにカエルの顔を見る。なんだか、疲れているような顔で、一回りしぼんでしまったような印象だ。




