プロローグ
雨が降っていた。雨音も聞こえないし、窓の外も見ていないのだが、私には雨が降っているのが分かる。シクシクと左足が痛むから。
呻きつつ、ベッドから立ち上がる。若い頃は何ともなかった左足の古傷は、老いるにしたがい再び存在を主張し始めたようだった。
ベッドに立てかけてある、杖を取る。音を立てないように注意しながら台所に向かった。杖を突くコツコツという音がうるさいと、階下の者に苦情を言われたのだ。
私は別に床を踏み鳴らしていないし、階下の者に意地悪をしているわけではない。このアパートが安普請であることが、音が響く理由だ。
ともあれ、年金生活者である私にとって、たとえ安普請であろうとも、雨露をしのぐことが出来るだけでありがたい。格安の家賃も魅力ではある。口うるさい隣人というリスクを差し引いてもお釣りがくるというものだ。
私は、ミルクを温め、今日最初の一本目のタバコに火をつける。妻にはずっと禁煙を勧められていたが、彼女にタバコをやめた私を見せることが出来なかった。あの、ふくよかで、健康的な彼女が、やせぎすで、不健康な私より先に逝ってしまうなんて、今でも信じられない。
マグカップを掌で包み込むようにして持って冷え切った手を温めながら、コルクボードに画鋲でとめた葉書サイズのポスターを見る。
戦争終結五十周年を記念したイベントの案内が印刷されていた。
そのイベントには、終戦直前に各国で作られた珍しい兵器の展示があり、私はそれを観に行くつもりなのだった。