アウトローな研究員とおかしな場所への突入について
重大な問題が発生した。
その問題とはつまり、例の場所へ調査に入れない。
これだった。
そりゃそうだろう。
ただでさえポイントM(研究所内でこう呼ばれているのでこう表記する)は海底と思われるのに、その上あの海域は大米連合国(2155年に興った国で、USAとヨーロッパ諸国との連合国家)の領海になっている。
一応上層部からの交渉を試みてはいるが、恐らくは無駄だろうというのが彼らの判断だった。
なにせ、彼らときたらとにかく『金』の一事なのだ。
連合国家を納得させるほどの金額を一研究施設程度に用意できるはずもない。
ならばと提案されたのが、研究名目で大型の船を奪取できないかというかなり過激なモノ。
すぐそこに未知の領域が広がっているのに下らない国家同士のいがみ合いで未知を放って置いては研究者の名折れ・・・らしい。
恐ろしいのはこの会議が世界中の過激な研究者にライブ配信されている事だろう。
その視聴者の中には件の大米連合国の研究者も含まれており、そこから会議の中身が漏れるのでは・・・と思ったのだが、彼らは一様に艦船奪取案を支持してきた。
研究者ってこええ・・・研究の為なら国家の線引きなんてまるで無視か・・・。
中には資機材の提供や寄港地の確保、更には護衛船団を手配しようという者まで現れた。
船団て・・・研究者が手配できるもんじゃないような・・・。
会議は進む。
艦船奪取の方針で、だ。
どの船を、いつ、いかなる手段で・・・と、順調に決めていく研究者共テロリスト。
そうして議案は採択された。
狙う船は自衛軍所有の大型艦船「富士」で決行は1月後、手段については以下の通り。
各個人共に後日配備する各火器類を装備し、開発済みの耐弾装甲を圧縮して携行する。
実地における活動実験として50体の生物兵器を同行する。
尚、各人が携行する火器については実験兵器名目とするため、開発済みの次世代型火器として改造するものとする。
奪取する時期については現場での判断で良いが、各国への早期発覚を防止するため公海上での状況開始が望ましい。
となった。
こいつらは本当にただの研究員なんだろうかと不安になってきた・・・。
計画は実行に移される。
乗船に際して荷物の検査があるはずなのだが、研究中の機密事項に抵触する可能性が高いとの発言で手荷物すら検査されなかった。
研究の為であるとの理屈で兵器類も当然のようにフリーパス・・・この国の国防は大丈夫なんだろうか・・・?
3ヶ月分の食料等を積み込み、出航。
そして・・・公海上へ出た途端に研究員達はテロリストへ変貌を遂げ、軍の連中が事態を把握する前に制圧を完了してしまった。
その後、護衛船団が本当に現れたときは軍からの追撃かと思ったものだが。
ことここに至って、艦長は我々への投降を決断した。
もちろん乗り組み員への危害を加えないことが条件だが、当たり前である。
船が動かせなくなるじゃないか!
これで安全にポイントMへ向かえるというものだ。
そして到着。
僅か1月半の旅だった。
現場へ近づくにつれて反応を強める魔素観測機を横目にして前方を睨んでいるととんでもないものが見えてきた。
巨大な渦状の空間が見える・・・その中には薄っすらとあるはずのない大陸。
急いで船を停止させるも、何故か少しずつ近づくポイントM。
引き寄せられているのか!?
逆噴射しようが回頭して全速前進しようが逃げられない。
徐々に渦に船体が呑まれて行き・・・遂にその巨体は渦の中へと姿を消し、世界中の探知網からもその反応は失われたのだった。
俺たちが目を覚ましたのはあれから何日経ってからの事なのか・・・。
目覚めるとそこは雪国だった・・・。
という小説を読んだことがある。
気分はそんな感じだが、現実は少し違った・・・。
目覚めたらそこはジャングルのような深い森の中で、乗ってきたはずの船はどこにも見えない。
・・・船はおろか見渡す限りが森林しかないが。
人員は・・・仲間の研究員(女)生体兵器が2人。
彼女はその特徴的な瓶底眼鏡で周囲をキョロキョロと見渡しており、生体兵器はといえば俺たちの周囲を哨戒しているのか、結構離れている。
他の連中はどうしたのだろうか・・・?
とにかく呆けている場合ではなさそうだ。
彼女に声をかけて武装を確認すると特に不具合はなさそうだ。
銃弾はあまりないが生体兵器が持ち運んでいた弾薬入れにおよそ1000発。
何らかの改造を施した武装らしいが俺にはよく分からないので、彼女に聞いてみると・・・
「このハンドガンはこのスリットから空気を取り入れて圧縮、開放ができる。
文字通り空気銃だな。動力は生体電気だからエネルギー切れは心配不要だ・・・だが実験段階の機構
でもあるから過信はするなよ。あと当然実弾より遥に威力は弱いから注意しろ」
と、教えてくれた。
じゃあ弾薬は500発ずつで大丈夫か。
生体兵器の2人はエネルギー銃を持っているし問題はないだろう。
どうせなら俺達の武装もそちらにして欲しいところだったが、実用されている武器は護衛の分しか用意が出来なかったのだろう。
とにかく、みんなと合流する事と食料の確保が重要だろう。
俺はポケットから方位磁針を取り出して確認してみたが・・・おかしい。
針がグルグル回って定まらない。
地場が狂っているのか?
彼女の方位磁針も同じなようだし、間違いはないだろう。
なら太陽を目印にするしかないな。
こんなところであちらの世界の知識が生きてくるとは、何があるか分からないものだな。
俺達は慎重に移動することにした。
太陽の位置は中天よりもやや下がっている。
現時点では俺の知識じゃあどちらが西かは判断出来ないな・・・。
それよりも足場の安定しない森の移動は疲労度が高い。
ましてや俺や生体兵器はともかく彼女は体力面では劣るし、森なんて慣れてもいないだろう。
ここはより慎重に1時間毎に休憩を挟むことにした。
これがどれだけの効果をもたらすかは俺には判断できないが、多少の披露軽減にはなるだろう。
昼は携帯食料と、水筒の水を飲んで凌ぐ。
満腹感は全くないが、ここが安全とは言い切れない以上は警戒感の薄れやすい満腹状態は避けるべきだ。
できれば町か村に辿り着きたいが、あまり期待は出来ない。
せめて森が開けた処には出ておきたいし・・・。
そこなら焚き火も出きるしテントも張れるスペースが確保できる。
交代しながらならある程度の質を確保して睡眠も取れそうだ。
結局お望みの条件の広場に到着出来たのはとっぷりと日が暮れてからの事だった。
主に彼女があちこちで植物やら動物やらを調べようとした為だ。
じっとりとした目で彼女を見つめているとさすがに言い訳を始めたが・・・これが研究員の業と言う奴か。
調べずにはいられない・・そんな研究員の性を見せつけられた一日だった。