第四十話
留置場の中には、男が一人寝転んで。
簡易なベッドのからコロコロと床に寝転がり。
「フォード学園の留置場の床は、ベッドより冷たい…」
アラバはそんな当たり前な呟く。
無理もない。
留置場と言うのは、それだけ何も無い空間なのだ。
彼とて、やる事がないので周囲の観察をしていたのだが、最新の監視カメラが内部に一つ、外部に一つと、全体を見渡せるような配置になっているだけ。
そんな観察に数時間も費やすワケにはいかないだろう。
そして、音の無い空間にずっといたおかげで感覚が鋭くなっていたらしく、足音が聞こえてきた。
「それは夜も深まって来たからな。
冷たいのは、当たり前だ」
「これはオルナさん…」
寝転がったままでは態度が悪いので立ち上がるが、オルナはしばらくそれを見つめるだけ。
「お前はジーナを助けられるのに助けられなかった男だったとはな」
嫌味なのか、心境を察しすぎたアラバは何も言えないでいると、オルナは静かに言った。
「今日、お前がどんな人間なのかムカイって奴を事情聴取をした」
「それは随分と妙な事をしますね。
ムカイさんとは、当時のアルバイト先で知り合っただけなんですが?
普通はイワトさん達に、聞くものでしょう?」
「私もそう思った。
だが、おかしな事をやっているじゃないか?」
オルナはゆっくりと携帯電話を取り出したモノはとても見覚えがあった。
「私の携帯?」
「最後の発信履歴、お前はムカイにしてるな。
それも昨日の夜、お前が捕まる時間帯だ。
これがどういう事なのか、説明してもらいたかったんだ」
「ああ、それは悪い事をしました。
ちょうど携帯を触ったら、リダイヤル押したのですよ」
「ムカイってヤツも、同じ事を言っていたよ。
私たちが、この地域を守ってきたのに、適当な事を言いやがって!!」
オルナは苛立ち、自分を睨みつけていた。
何となく嫌な予感はしたが、彼女は間髪入れずに、アラバの胸倉を掴んだ。
「オ、オルナさん!?」
「お前だってそうだ、何で今までジーナの事を黙っていた!?」
睨みつけるオルナに、
「私は黙っていたワケではないと、何度も言ったでしょう?」
アラバは『漆黒の魔導士』の雰囲気があった。
オルナはそれを感じる事無いが、今まで感じた事のない雰囲気だけは伝わったのだろう。
胸倉を掴んだままアラバの胸を『ドン』と叩いて、突き放す。
「じゃあ、話せ。
お前の目撃した事を、屋上で魔法使いを見たんだろ?
それで、あの事件が魔法使いの仕業だと、立件出来る」
「簡単に言いますね?」
「何?」
「貴女は、それで自ら逃げると言うのですか?」
「魔法使いが怖いのなら、私は絶対にお前を守る!!」
「貴女なんて、信用できるワケないじゃないでしょう?」
「何故だ、私は絶対に負けない」
その瞬間だった。
「『貴女は、誰も守った事がないでしょう』」
『彼女』と口調が揃った様な気がした。
オルナは驚くように一瞬、後ろに下がった。
「お前、一体、何なんだよ…?」
頭痛がしているのだろか、もう態度でわかる。
だが、ここを離れる理由にはなったのだろうが。
「さっきオルナが、慌てて掛けていったけど、何かあったの?」
アラバはさすがに驚いた表情を見せていた。
「セルフィさん、どうしてここに?」
それを見たセルフィは、腕組みをして笑みを浮かべていた。
「ふん、面白い事になっているわね?」
「帰ったのでは?」
「姉さんの連絡でね、アンタが捕まったと聞いたからよ」
少し嫌味に感じたので、機嫌悪くした年上は反撃する。
「それで心配で見に来たというワケですか?」
「そうよ?」
「……」
「どうしたのよ?」
「いえ、何でもありません…」
年上、敗北の瞬間である。
だが、セルフィは少し神妙な顔で、自分に言った。
「数時間前、ムカイって人が襲われたわ」
これには目を細めてセルフィに聞いた。
「大丈夫だったのですか?」
「その辺は大丈夫、ちょうど姉さんが送る途中だったから。
今、この学園で保護する手続きを姉さんがしている最中よ」
「そうですか、それは良かった」
「アンタ、人に迷惑を掛けている事には変わりないのよ?」
セルフィは『わかっているの?』見つめていた。
「そうですね、私がこんな調子ではなければ、襲われる事もなかったのですから悪い事をしました」
「当方は魔法使いとモブの犯行の両面で捜査を進めるそうよ」
しかし、それだけを言って彼女は格子に身を預けたまま何も言ってこなかった。
「あのセルフィさん?」
「何よ?」
「それだけですか?」
「あの写真を見た上で言わせてもらうけど、私はそこまで鈍感じゃないわよ」
「写真、ああ…」
写真とは資料に載っていた、自分がジーナを抱えて走っていた写真の事だった。
「おおよそ、野次馬が撮った写真を新聞社が買い取ったのでしょうけど、良く写っていたじゃない。
あれは人が人を助けようとしている顔よ」
彼女は背中越しだが、自分を見ていた。
「当然、アンタが、ただの通りすがりではないのもわかるわよ。
素直に口を割るとも思えない事は、姉さんも掴んでいるわ」
それには思わず黙り込んでしまうが、セルフィは何も言わずそのまま座って言った。
「まあ、つまりアンタは信用出来る人なのよ」
「そう言われますと照れますね」
「照れなさい。
だから、話し相手にくらいにはなるわよ?」
「話し相手、尋問ですか?」
「うるさいわね、世間話よ。
そうね…」
しばらく、とても長い時間かに思えたが、それがとても誰かに見えた。
「お姉さんに似てますね?」
そういうとセルフィは居心地悪く言った。
「今、考えているトコロなのよ。
じゃあ、バ、バラエティ。
アンタの好きな番組は何よ?」
「それは突拍子もないですね」
「ふん、世間話なんてそんなモンでしょう?」
「そうですね、バラエティ番組は基本的に全部好きなんですが?」
「バラエティと言っても種類があるでしょう?」
「そうですね、そういうのなら、ブランコにぶら下がって浮き島に飛び乗るのがあるじゃないですか、あれが面白いなと思ってみてますね?」
「ふん、卑猥ね」
「言っておきますけどね、セルフィさんが想像してるのを求めてはいないですよ。
私は、あの着地した瞬間にミスをした時が面白いと思っているから見ているのですよ」
「何よ、それ、随分と変わった趣味ね」
「滑ってコケた時の空中美が好きなんですよ。
一度、見てみたらわかりますよ」
「わかんないわよ、そんなの姉さんに勧めなさい」
「あの人が、こんな番組を好きなのは最近なんですがね?」
「ふん、私もよ、あの仕事中毒の姉さんが、あんな番組を見るなんて思いもしなかったわよ。
昔から一人で、色々やってて。
何でもこなして、比べられて…」
「次第に疎遠になっていたのですか?」
「何とでも言いなさい。
私の経歴なんて、姉さんに無いものを得ようとした結果よ?」
「それで天才機構に受かるのですから、凄い事だと思いますが?」
「どうかしら世間は、少なくともマスメディアは比べたがるわ」
「でしたら姉さんに、ゲームでも勧めてみたらどうですか?」
「ふん、出来るとは思えないわよ…」
「出来なくてもやると思いますよ」
「どうしてよ?」
「『そういうのをやらなかったから、セルフィさんとはあまり話せなかった』そうです?」
「そう、姉さん、アンタの前じゃ色んな所を見せるのね…」
「意外と人間ですよ。
レフィーユさんは」
「そうね…」
「ですが、仕事中毒の姉さんとは随分な言い方ですね?」
「アンタ、それは黙ってなさいよ。
世の中には、やっぱり口に出して悪い事はあるのよ」
さすがにそこはセルフィは睨みつけたので、
「それは約束、出来ませんね」
「酷い人」
「酷い、確かにみなさんには迷惑を掛けてしまいました」
「そうよ、その辺は反省はしておく事ね」
「『何を調べていたか?』ですよ…」
「何よ、突然?」
セルフィは神妙になったのは、急に小声で話し出したからだろう。
「何を調べていたの?」
セルフィが振り向くと、アラバはその時、カメラをじっと見ていた。




