第二十一話
後部座席から、外をそっと覗くとイワトがユカリに追いかけられていた。
「助けにいかなくて良いのか?」
すぐさま隠れる自分を見ていた、助手席のオルナはあきれ混じりに聞いてくる。
「そういう事は相手を見てから、言って下さいよ…」
そう言ってもう一度、窓からそっと見ると、
「ゲンゾウ、待てや!!」
普段とは明らかに違うユカリの迫力に、
「ごめんごめんごめんごめん!!」
長距離走を苦手としているイワトも走って、走って、逃げる、逃げる。
「あの女、凄い迫力だな。
というより、お前、何でこんな事になってるのか理由次第じゃ降ろすぞ?」
言い難そうにするが、本当に降ろされそうな雰囲気になりそうだったので、
「オルナさん、温泉街といえば何を連想します?」
「なんだよ、唐突に?」
オルナは疑問に思いながら『温泉』と答えると、ゼジは何かしら察する事があったのだろう。
「まさか、正気です?」
「そのまさかですよ」
「どういう事だよ?」
一人知らないでいるオルナがいたので、ゼジに聞いてみた。
「ゼジさん、温泉街といえば、浴衣姿に」
「女風呂…」
「オルナさん、ここはどこだと思います?」
自分とゼジのやり取り、この問いにようやく、オルナは気がついて。
「マジか?」
「マジですよ」
「まったくお前たちは、いつ犯罪がおきるのも知らないのに、のん気なモノだな?」
「レフィーユさんだって、遊びでこんな事をやっている訳でもないのですよ」
「物は言いようというモノです、これはただの遊びにしか見えません。
これは、評価を下げる要因となりそうです」
ゼジが言うように今もなお、イワトが追われていた。
だが、さすがに嘲笑される感じが気に入らなかったので。
「レフィーユさんは、この地域の地理を他の部員達に、身体で覚えさせようとしているのですがね」
先ほどイワトに言った事を言うと、オルナは反論する。
「そんな事はGPSに頼ればいい話だろう。
どうして面倒なマネを、みんなにさせようとする?」
「ここに来て間もない人達にそれを言うのは、酷な話ですよ。
実際、この通り一人の相手を追いかけるのに、時間も掛かるワケですから、地図を開いている暇より、身体で地図を覚えて行動したほうが良いと思いますよ」
「まるで、現場を知っているような意見だな?」
「レ、レフィーユさんにそう聞いた事があるのですよ」
幸い戸惑いの正体が、何なのかオルナ達にはわからないでいたが、ゼジは自信ありそうに言った。
「ですが、こういう不手際を防ぐために、私達が指示を出せば済む話だと思うのですが?」
「それこそ、レフィーユさんの気に入らない事ですよ」
ゼジは、眉を潜めていた。
「的確な指示があれば、部員に対する被害も少なくて済むのは、いかなる分野でも立証されてる話です」
そして、彼を見て思った事があった。
「指示通り動けば…。
貴方は人に指示を出す事が、重要だと思っているようですね?」
「違いませんか、優秀な人材が現場で活躍出来るのは、指示を出す人間が優秀だからなんです。
私の評価はフォード学園の評価でもあるのです。
ですのでレフィーユさんも私の指示に従って欲しいと、貴方の方から言ってもらえないですか?」
この男の笑顔の中、思わずオルナを見てしまう。
彼女はゼジの言い分が、正しいと思っているのだろうか、頷いていた。
だが、自分からしてみれば、まるで彼女には相棒が亡くなった事を、無かった事にするような言い方していたので。
「気に入りませんね」
走行中というのに『彼女』が見えたような気がした。
そんな事も知らずかゼジは聞く。
「どういう事でしょうか?」
「さっきから貴方は『こちらの方が上だから、こちらの指示に従え』としか聞こえませんよ」
「自らの足で情報を得る古いやり方では効率が悪いから、こんな事を言うのです。
そんな事をちまちまやるのでしたら、情報は私達が提供すると言っているのですよ」
そして、この物腰の丁寧なゼジに対して一つわかった事があった。
「貴方は私を見下しているのですか?」
正確に言うと、この男は人を見下しているのだ。
ちょうど信号待ちになり、軽くオルナはゼジに『気にするな』と言うのが聞こえた。
しかしゼジは携帯を弄る中、態度は変える事はなく答えた。
「今でこそ何も起きてないから、こんな騒ぎは許されるモノです。
もし…」
「うらあああああ!!」
突然、男三人が、雄たけびを上げながらユカリを襲い掛かり、彼女を突き飛ばした。
「事件に巻き込まれてしまったら、どうするのです?」
嫌な笑みを見せたゼジは自分を、バックミラー越しに見つめていた。
「さっきまで敵対していたモノ同士など、心理的に見て、協力し合える事なんて出来ないと思うのですが?」
そこにはイワトがいたのを見た自分は、
「貴方の方こそ、侮るのはいい加減にしてほしいですね」
確信を持って言える事があった。
「イワト・ゲンゾウ。
『ペンタグラム』を、なめないで下さい」
状況をいち早く判断した、イワトがその男達に体当たりをした。
体格の良さを生かした体当たりは、そのまま男達をぶっ飛ばし、あっという間にユカリの防御に間に合わせていた。
「ペンタグラム!?」
オルナはその名前を聞いたことがあるのか、驚くように自分を見ていた。
「もっとも今は、ヘキサグラムと名を変えておりますがね」




