第十六話
自分達の後ろめたさか、手の中で震える携帯には、周囲が黙り込むほどの重みがあった。
ガトウの口が『出ろよ』と動いて、ようやくそれに出た。
「はい、もしもし…」
「ああ、私だ。
今、どこにいるのかと思ってな?」
彼女の声が明るいので、こちらもいつもの対応が出来たのが幸いだった。
「いつものメンバーと外に出ていましてね。
もう少しすれば帰りますね」
「そうか、ならいい…」
「何かありました?」
「ああ、いや、大した事ではない、先にあんな事件が起きただろう?
それで帰ってこないのが、気になっただけだ」
そう気遣われてしまい。
「まあ、親友と交流も大事な事だ、楽しめばいい。
では、気をつけてな」
彼女は自分が携帯を切るのを待っているので、携帯を切った自分は胸が痛む。
それはホントに悪い意味で…。
「信用されとるの~」
そんな事も知らずに、イワトが肘で小突く、
「ちゃうな、イワトはん、これは愛されてるんや」
サイトが自分を茶化し、二人で盛り上がるが、
顔色がドンドン変わる。
「アラバ、どうした?」
「…みなさん、劇場に行く事、誰かに話しました?」
「そんな事、話すわけないじゃろ?」
「そうだよ、そこまで空気を読めない人っていないでしょ?」
そこにいる全員が首を横に振る、当然、自分も首を横に振る方なのだが…。
「…さっき誰か知らないですけど、『この町って、ストリップ劇場がある』って、会話拾ったのですよ」
全員が真っ青になる…。
それを見計らったかのように、携帯が震える。
相手は言うまでも無い。
「もしもし…」
「ああ、度々、すまない。
行き先くらいは、聞いておくのを忘れていたのでな」
サイトは胸をなでおろしていたが、すでに経験していた者にはわかる。
「行き先と言われましてね。
町をぶらつくだけですから…」
探っているのだ…。
「そうか、すまん、こちらも治安部の義務で、聞いてみただけだ」
「大変ですね、治安部のリーダーというのも?」
「ふっ、確かに慣れで片付けてはいかん問題だな。
ところでアラバ、一つ聴いて良いか?」
「どうしました、レフィーユさん?」
「なんでサイトは『ホッ』としている?」
次の瞬間、サイトは『ぎょ』として戸惑う。
電話での会話なのだから、この行為はわからないと思われるだろう。
しかし、彼女は何回の事件と、何人の犯罪者を経験したからか、集中していれば、この程度の会話、しぐさは感じ取れる事があるらしいのだ。
「ふっ、時と場合によるがな」
ぶっ、ぷー、ぷー…。
今度は彼女の方から、会話を切られた…。
「わ、わからへんって、早く行けば、ばれへんよ?」
サイトは適当に言って、場を和ませようとしたが、一層、冷え込むのがわかる。
「…アラバ、次は何が起こる?」
ガトウの台詞が、それほど空気が重かった。
「簡単ですよ、どこに行くのか調べようとします」
「どうやって?」
「レフィーユさんは、治安部のリーダーですよ。
マスターキーくらい簡単に借りれます。
今頃、私達全員の部屋を捜索してますよ。
そこでボロが出なければ、わからずじまいで、私だけを帰せば事は終わるでしょう」
「なるほど、あくまでお前が帰って来れば、怪しまれる事はないという事か」
「なんだ、そういう事なら時間はまだあるって事だよね。
アラバには悪いけど、今日は抜けた方が良いね」
シリウがそう言うが、
「……」
「な、なあ、アラバはん…。
もし『ボロ』が出たらどうなるんよ?」
サイトは具合悪そうにしていたので、ガトウは言う。
「サイト、そういえばお前、コイツが全員に渡した地図どうした?」
「…部屋に置いて来た」
一陣の風が、場を凍りつかせる。
「ちなみに言っておきますけど、ボロが出たら私を差し出しても、どうにもなりませんよ?」
「つまり…」
「あの人は、治安部を使ってでも全力で阻止するでしょうね」
そして、これまた良いタイミングで、携帯は鳴り。
彼女の声には鋭利さすらあった。
「アラバ、サイトの机の上に、この町の地図らしきモノが発見されたんだ」
「地図らしきモノですか…」
「そこには紅いマルが、印されてあってな。
どこだと思う?」
こうなると逃げも隠れも出来なくなる。
「随分ともったいぶった言い方ですね…」
「ふっ、では単刀直入に言わせてもらおう。
まさか如何わしい店に、行くのではないだろうな?」
だが、さすがに返答に困ったと思われたのか『どうするの?』と見ていたので、携帯の受信部分を手で押さえて、二の腕を二回叩いた。
このサインは、昔からの付き合いにしかわからない…。
イワトへのブロックサインだった。
「何や!!」
少し周囲が騒がしくなるが、こっちも最後の手段をとるしかない。
「いや、さっきから、サイトさんがずっと、そのなんていうか…。
その店に行こう行こうって、言うのですよ」
つまりサイトに罪をなすりつけてしまおうと言うことである。
サイトもさすがに治安部なので、イワトの拘束にもがいて叫ぶ。
「アラバはん、何言ってんねん!?」
「いやあ、酷いですよね。
私達は、そんな気は『これぽっちも』無いのに、誘いを掛けるんですよ」
この一言でようやく残りの三人が、自分が何をしようとしてるのかわかったのだろう。
「ふざけんな、俺はどうなるんねん!?」
「ボクらが助かるから、良いじゃないか!!」
「ふざけんな!!」
はたから見れば大乱闘の様である。
「何やら周りが騒がしいな?」
「いえ、その件に関して、ガトウさんもお怒りでしてね。
少しお灸を据えられている、最中なんですよ」
ガトウ、イワト、大柄な体格の両名に組み付かれながら、何とか取り押さえられまいとしているサイトは叫ぶ。
「レフィーユはん、騙されたらあきまへんで!!」
しかし、その叫びは、双子に口を軽く塞がれ、この台詞は途切れ途切れ伝わる事がなかった。
「いや、帰ったら、少しレフィーユさんの方からも、何か言ってあげてくださいよ」
策は成ろうとしている。
「ぺっ、ぺっ、ぺっ!!」
「うわ、汚な!!」
「ツバ吐きやがった!!」
だが、その時、あがく男の底力を甘く見ていた。
「ぶうう!!」
「汚ねえ!!
ガキか、お前は!?」
唇を震わせて、ツバを撒き散らして包囲網を突破したサイトは叫んだ。
「そこに行きたい言ったの、アラバはんやろ!!」
その瞬間、サイトの会話が入らないように後ろを向いたのが災いした。
その台詞は、完全に拾っていた。
「わかった…」
携帯を切られた、その静寂はまるで自分の台詞を待つかのようだった。
「なんて事をしてくれたのですか…」
「俺ら、チームやろ!!
お前こそ、仲間見捨てるなんてどういう事やねん」
「言ってましたけど、私は行く気なんかなかったのですからね。
貴方の方こそ、言ってる事は正当ですけど最低ですよ」
「くそ、俺らにコイツを止める東方術が無い事が悔やまれるな…」
ガトウはそう言って、自分達の拠点としている旅館の方を見て言った。
「もはや手段は選んでられん。
作戦コード『E』で逃げるぞ?」
ガトウは元白鳳学園の治安部のリーダーらしい指示を出し、仕切り直しを計るつもりで言う。
「相手はレフィーユだ。
各位、冷静に油断するな」
数秒で六人が団結しようとするが…。
それは、ゆっくり崩れ落ちた…。
「ガトウさん!!」
その数秒で、最初に崩れ落ちたのはガトウだった。




