第6話 実力と変形と
《いくでいくでいくでぇ!》
「近い……!」
道なき道を飛び跳ねながら素早く木々を抜けていくナク。そのナクに乗ったルナが、腰に着いた巾着袋の中から身の丈以上ある両刃の大剣を引っ張り出す。白銀の刀身には蒼い宝石が埋め込まれていて、ルナが大剣に魔力を注ぐと蒼い宝石が薄く輝きだし、その輝きが刀身を覆うように広がっていく。
充分に魔力が行き渡った事を確認したルナは先ほどから音が聞こえなくなった方へ目を向ける。気配を感じれるほど近くに来たので、あとはその気配を辿っていけばいい──とルナが考えていたとき、向かっていた方向から叫び声が聞こえてきた。
『バーニアァ! 起きてくれバーニア! 死なないでくれぇ!』
「ッ! ナクさん……!」
《わかっとる!》
距離的にもう目と鼻の先。ナクが一気に加速すると少し開けた場所に出た。周りを見ると、ところどころに折れた木や抉れた大地があり、戦闘の過激さを表していた。折れた木の一本に金髪の少女が倒れており、その対角線上にうつぶせで顔を上げ少女の名前を叫んでいる少年がいた。その間に挟まれるようにいる筋骨隆々の青い体色をした魔物が今にも少女にとどめを刺そうと腕を振り上げていた。
そして少女の元へ向かおうと這っていた少年は急に現れた魔物とそれに乗ったメイドを見て、驚きの声を上げる。
「新手の魔物か!? って、メっ、メイドだと!?」
そんな少年を尻目にルナはナクから降りると魔物を横へ蹴り飛ばし、倒れている少女に近づく。その様子を呆然と見ていた少年だったが、ハッと我に返ると大声でルナに叫ぶ。
「お、おい貴様! バーニアに何をするつもりだ!」
「治療。少し黙って」
《まぁまぁ兄ちゃん。少し落ち着こうや、な?》
「ひぃ!? しゃ、しゃべった!?」
いきなり怒鳴られて少し不機嫌になりながら、ルナはバーニアというらしい少女の治療を行うための魔道具をだすため大剣を傍らに突き刺し、巾着袋を探る。ナクはといえば少年に近づき軽く脅して楽しんでいた。
《別にええやん、わいがしゃべろうがあんさんには関係ない話やろ?》
「い、いやぁ……ははははは……ってそうだ! あの魔物!」
《今更かいな》
ライオンの顔で器用に苦笑いを浮かべるナク。少年は慌ててサイクロプスの方を見るがおかしい光景を目にした。
「動かずに震えている……? さっきまであんなに暴れていたのに」
《そりゃそうやろなぁ、ルナ嬢が殺気をぶつけて動きを止めてはるし》
「え……? あのメイドの子がかい?」
思いのほか順応性が高かった少年は、巾着袋から取り出した救急箱の中から包帯を出しバーニアに巻いているルナをチラッと見てナクに疑問をぶつける。
思ったより早く少年が自分の顔に慣れてしまったことに少し残念に思いながらも、ナクは質問に答えた。
「確かにサイクロプスはあのメイドの方を見たまま動かないが……」
《ああ、そうやで? それにしても惚れ惚れするぐらいの包帯捌きやで……あ、治療終わったみたいやな》
「もう終わったのかい!? 僕には治癒魔法の時に出る光が見えなかったよ? 包帯を巻いていただけに見えたのだけれど……」
《まぁ分からんのも仕方ないと思うで? あれは見た限り、わいのご主人の師匠が作った包帯式魔道具のようやからの。確か……大気中の魔力を包帯を通すことで治癒力に変換するとかなんとか》
「そんな魔道具は聞いたことないよ!?」
巻くだけで傷が治るなんて包帯があるのだったら世界中の治癒魔法士が職を失う羽目になると少年は言う。それを聞いたナクが少しキョトンとした表情をしたと思ったらいきなり大口を開けて笑いだした。
急に笑い出した理由が分からず困惑の表情を向けると、ナクは笑いを押さえながら理由を言う。
《ククク……、いやぁすまんすまん。少しおかしくてなぁ》
「え?」
《いやぁ、わいのご主人はあれと同じものを作って怪我をすればいつもあれを巻いておったんよ。だからあれが普通だと思ったんやけど、兄ちゃんの顔を見る限り普通じゃないんやろ?》
「あ、あぁ……。あんなものが出回ってしまえば、冗談抜きで世界中の治癒魔法士が路頭に迷うことになるだろうからね。そんなものがあれば噂くらいは聞くだろうし」
《せやろ? だから今改めて感じていたところなんや──やっぱりご主人は規格外やったんやなぁ、てな》
※
「…………これで、大丈夫」
一通り診てみたが、すり傷や打撲以外の傷はなかったことに安堵する。もしこれが命に関わるほどの怪我だったら本格的な治療を行う羽目になっていたので、面倒を回避できたとルナはこっそり安堵のため息を吐いた。
そしてまだ後ろにいる魔物を処理するため、傍らに刺しておいた大剣を手に取る。
「……さて、あとは貴方だけ」
ルナはそういって今まで背を向けていた魔物に目を向けた。
目を合わされた時、サイクロプスは初めて“恐怖”というものを実感した。毎日他の魔物を食らい生きていた中で、自分がやられるという事を考えたことがなく持ち前のパワーですべて粉砕してきたサイクロプスは、自身が最強であることを疑わなかった。しかしそれは井の中の蛙の考えでしかなかった事を知る。そして心のどこかで認めてしまった。目の前にいるのが本当の“強者”であると。
「グ、ググウ……ゥ、ウアアアアアア!」
ルナの殺気に耐えきれなくなったのか、サイクロプスは震えながらヤケになったような咆哮を上げながら、こちらに突進してくる。ぶつかるまであと数メートルというところまで来ているのにも関わらず、ルナは一向に構えようとしなかった。サイクロプスは突進の勢いに任せその巨大なこぶしをルナの顔めがけて振り下ろす。
────しかしそれはルナの眼前で止まった。
サイクロプスは何故自分のこぶしが敵に届かなかったことが理解できないようだった。そして止まったのがこぶしだけではないと知る。
気が付けば足から腰にかけて“氷”に覆われていた。それに気づいたサイクロプスは両腕を氷に叩きつけるが一向に割れる気配はない。それどころかだんだんと上半身まで氷が上がってくる。氷がどこから現れたのかと氷の表面をよく見ると、白い冷気がある方向から流れてきていることに気づいた。冷気の道筋を辿っていくとルナが刺していた大剣によってできた穴から冷気が流れ出ていた。
さらによく見ると、ルナの周りを覆うようにその冷気は漂っていた。サイクロプスは自分からルナの“間合い”に入ってしまったのだと理解する。
「貴方は運が悪かった」
もはや首元まで氷が及んできた時、ルナはそう声をかける。自分の身体と自身を覆う氷を見ていたサイクロプスは声のした方へ目を向けると、そこには青白い冷気を纏った大剣を低く構え腰を落とし前傾姿勢でいるルナがいた。
「ただ、それだけ」
その瞬間、ルナの姿がぶれるようにして消える。完全に凍りつき氷の像となったサイクロプスの後ろに一瞬で現れると大剣を振り上げた状態で残心を取っていた。そして氷像に一筋の線が入り音を立てて斜めにずれていく。
「…………おしまい」
ルナはそう呟き、あげていた大剣を地面へ突き刺す。と、斬れた氷像の欠片が地面に落ち粉々に砕け散った。ほっと息を吐き大剣を巾着袋に戻すと、眠ったままのバーニアを抱えナクたちの元へ戻ってくる。
「……そっちの人の怪我は?」
「ッ……!? ッ……!?」
「……ん?」
《あー大丈夫や、腰が抜けただけみたいやし。一瞬でルナ嬢が奴さんを倒した事が信じられんのやろ》
「そう」
興味がないとでもいうようにナクと少年の間を通り、巾着袋から出した毛布を木のそばに敷くとその上にバーニアを乗せる。顔の様子を見るにそこまで時間がかからずに目を覚ますだろう、とルナは結論付ける。
《それにしてもすごかったなぁ、ルナ嬢。見事な大剣捌きやったで》
「……別に、そんなことない」
《いやいや、そんなことあるやろ。ご主人にも見習ってもらいたいくらい──》
「俺がなんだって? ナクさん」
草むらからいきなり現れた湊に、ナクは思わず固まってしまう。ルナは近くにいることに気づいていたのか特に驚いた様子は見せなかった。
「……旅人外套は一応隠密機能もついてるんだけどな。ルナにはばれちゃったか」
「うん。でも見逃しそうになった」
「そうか? ま、あとで改良を加えるとしよう。でだ、ナクさん」
《な、なんや?》
「なにを言おうとしてたんだ?」
どこか黒い笑みを浮かべながらナクに近づいてくる湊。ナクは冷や汗をかきながらどうにか誤魔化せないか必死に考えていた。
《えー、あー……。そ、そうや! なんでこんなに来るのが遅かったんや!? ご主人!》
「ああ、それはな。ルナがどれくらい出来るのかそこの影で見てたんだよ。やっぱこの目で確認した方がいいと思ってな。まあ万が一のために魔道具も出しといたけど、意味なかったな」
ナクに遅れた理由を聞かれ肩を竦めながら律儀に答える湊に、心の中でうまく誤魔化せたか……と安堵するナクに、湊はナクにしか見えないように黒い笑みを浮かべ、耳元でささやいた。
「……次は許さん」
《イエス、マスター!》
器用に前足で敬礼をするナクに、最初からあまり怒っていなかったのか湊は少し笑いながら、「気をつけろよ?」と言うと今度こそナクは心から安堵した表情になる。その姿がおかしく湊はまた笑った。
「ははっ。さて、コレで問題も解決したことだしこの子たちを送り届けて終了かね」
そう声をかけるが、ルナとナクはある方向を向いたままげんなりした表情をしていた。
「……そうでもない」
「へ? それってどういう……あぁ、そういうこと」
《これまたゾロゾロ来たなー》
「ま、また……!? しかも今度は五体もいるじゃないか!」
二人が向いていた方向から今度は大きさの違いはあれど、全員さきほどの魔物と同じ種類の魔物が五体現れた。同族のやられた血の匂いを感じているのか、さっきまでこの場にいなかったのにもかかわらずこちらに明らかな敵意を持って睨みつけてくる。
「うーん、なんかすごく怒ってるな……」
「私がやる?」
「いや、今度は俺が働くさ。ナクさん、アレやるぞ」
《おお、アレかいな! 久しぶりになるから腕が鳴るで!》
「腕を鳴らすのは俺だけどな」
首を傾げ聞いてくるルナにそう答えると、湊はナクの背に手を当て先ほどとは違う感覚で魔力を流す。すると今度は銀色に光りだしだんだんと細く長くなっていく。
そうして現れたのは金と銀の入り混じった柄に鬣のように覆われた鍔。そして五つに分かれた穂が特徴的な、どこか神々しいオーラを放つ一本の槍だった。
湊はそれを手の中で回し魔物たちを見る。
「おまえらに見せてやる。伝説の名に恥じないこの槍の威力を」
いったん刃先を下にして槍を掲げる。そして狙いを定めるように左手を相手に向け、投擲の構えを取ると穂の一本一本に“雷”が纏わり始めた。
「いくぜ──《作品番号№6》!」
雷が完全に槍を覆うと、湊は身体全体を使い上手投げのように右手を振り下ろす。
「《雷槍・ブリューナク》!」
湊の手から離れた瞬間、槍は五つの雷となり同時に五体のサイクロプスの腹を穿った後、空高く上昇していく雷たちはやがてひとつに纏まると球体となった。
──刹那、一筋の閃光がサイクロプスたちの中心に落ちる。
球体は巨大な光の塔となり地面を削り、轟音を立てながらサイクロプスたちを塵すら残さず消滅させていく。
光が収まった後、そこにはクレーターと一本の槍しか残っていなかった。
「さて……」
クレーターの中で突き刺さっていたブリューナクを回収する。ナクをブリューナクに形状変化させた時、結界を張ったので先ほどの攻撃の余波はルナたちには伝わっていない。
湊はルナたちの元へ戻ると、ルナはお腹を空かせた表情で。少年は泡を吹きながら気絶しており、いつの間にか起きていた少女は驚愕を顔に張り付けていた。
その表情を見た後、湊は改めて攻撃した場所を見る。
──結界を張った部分以外は大きく空いたクレーター。そして森とは思えないほど剥げてしまった大地。
それを確認した湊は大きく息をつく。
「やりすぎた……」
テスト一週間前という事と、ストックが切れかかってるという事で次の投稿は少し時間がかかるかも
申し訳ない




