第1話 少しばかりの過去
※7月6日少し修正
※7月8日少し修正
この俺、桜井湊にとっては異世界というべき場所、アトラティア。
今からちょうど三年前、俺は師匠──トマソン・メイハーツによってここに召喚された。
両親は既に事故で亡くなり、父方の祖母と暮らしていた当時十六歳だった俺は、学校で勉強したり、友達と遊びにいったり、アニメやマンガを見たりとごくごく平凡な暮らしをしていた。
いつも通り学校から帰宅した後部屋に戻り、用事が重なって読めなかった机の上に置いてあるマンガを読もうとベッドから手を伸ばしたとき、何の前触れもなく光に包まれたと思ったらガラス張りのカプセルの中にいた。
いきなりの出来事に少々固まっていると、目の前にボロボロの服を着た変なじいさんと、なぜか執事服がよく似合うロボットが現れた。
周りを見てみるとなにやら地面にみたことのない模様が刻まれている──のだがどうしてか刻まれている模様の意味を理解することができる。
混乱している俺にじいさんは膝を落とし目線を合わせるように話しかけてきた。
「うぉっほん! 少年、気分はどうかね? 吐き気などは起きていないかい?」
『いつもと様子が違っていて気持ちが悪いデスヨ、ご主人サマ』
物凄い嬉しそうな笑顔で話しかけてくるじいさんと、その一歩半後ろでご主人様と言いながら流れるように罵倒するロボット。
「なっ、気持ちが悪いとはなんじゃ! こーんなにも“かっこよさ”が際立つ笑顔ではないか!」
『……。ハッ』
「なんじゃいその顔は!」
そんなコントのような流れを見ていて少し落ち着いた俺は、少し警戒しながらここはどこなのかということなど様々な事を質問していった。
その時にここが地球とは別の──異世界であると言われた。そのことを教えてくれたのは、じいさんの横にいたロボットだった。
そのロボットにこの世界の地図を見せられたが、そこには形も名前も知らない国があった。
さすがにそれだけでは信じることはできない。というかそのまま信じる奴はただのバカだろう。
が、じいさんが俺の信じていない目を見て、「ならばみせてやろうではないか!」と俺の手を取り、そして長い階段を上がり大きなドアを開けると大広間に出た。
きっちり掃除されているのか、靴を履いていない俺でも足の裏が痛くない。そこからじいさんは止まることなく玄関の扉を開けると、そこには一面緑色の風景が広がっていた。
都内ではあまり見ることがないため、そこら中に生えている木々の大きさに目をパチクリさせていると、いつの間にか手を離していたじいさんが少し離れたところで俺を呼んでいた。
横に着くとじいさんは「見ておれ! 吾輩の天才的パワー!」と言って両手を森の片隅に置かれている岩に向け、手のひらから何かを発したと思ったら岩が大きく砕け散った。
砕けた衝撃で起きた風が俺の髪を撫でる。俺はといえば空いた口が塞がらなかった。そんな俺の驚愕した様子に気分を良くしたのか、得意げな顔をしていた。
あんなものを見せられたら信じられないという気持ちもなくなってしまった。
ここは本当に異世界なんだ。そう理解した時、俺はすぐに俺を元いた世界に帰してくれと言ってみた。しかし今は帰す方法がないと言われ、少しの間呆然としてしまった。
──帰れない? じゃあ二度とばあちゃんやみんなに会えないのか?
自分でも知らないうちに涙が溢れてくる。自分のいた世界には友達もいたし、祖母だっていた。そんな自分の繋がりが一瞬で消えてしまったと理解したとき、俺は不覚にも泣いてしまった。
急に泣き出した俺にじいさんはおろおろしだし、いつの間にか隣にいたロボットに縋り付いた。
「ど、どうしよう。吾輩、子供の相手とかしたことないし……」
『むしろ、人との関わりを持ってくだサイ。子供どころか大人でさえ相手したこと無いんじゃないんデスカ?』
「お前、そこはなんとかしようとするのが執事ロボの役目じゃろうが……」
じいさんは肩をがっくりと落とし軽くため息をつくと、おもむろに腰についていた巾着に手をつっこんだ。
大きさ的には手のひらサイズのはずなのにじいさんの手は肘あたりまで入っていた。
その光景に思わず泣くのを止めて巾着の入り口部分を見つめてしまう。
「お? お前さん、この《何でも収納・キンチャックン》が気になるのか?」
なんかすごい名前だった。
『ご主人サマのネーミングセンスの無さはワタシでも治せませんデシタ……』
ロボットはオヨヨと泣くふりをしながら胸ポケットにしまってあったハンカチで目……というよりレンズを拭いている。
その言葉にじいさんのおでこに血管が浮かぶが、俺がいるからか怒りはせずに深呼吸を一度すると、突っ込んでいた手を引いていく。
そうして出てきたのは、一見何の変哲もない筆。
じいさんがその筆を軽く振ると毛の部分が淡く光り、じいさんはそれを虚空に向けて何かを描き出す。
「ほっ、ほっ、ほい!」
描かれた“それ”は少し歪な形をした星だった。
じいさんは描き終わった姿勢のまま筆を持った手を振り上げるとその星は空高く浮かんでいき、しばらくするとそれは花火のように大きく弾けた。
その幻想的な光景に、俺は思わず感嘆のため息をついていた。
空を眺めていた俺にじいさんが近づいてくる。
「ドヤッ!?」
少しイラっとした。
『……申し訳ありまセン、少年殿。アレでもご主人サマは貴方に謝ろうとしているのデスヨ』
ロボットにそう言われじいさんの方に目を向けると、じいさんは気まずげに眼をそらした。
「……すまないのう。自分勝手な事だとは思っておる、だが吾輩はもう長くない。だからこそ吾輩の魔法の知識、技術、すべてを引き継いでくれる者が欲しかったのだ……」
なぜ俺なのかを聞くと、なんでもじいさんが言うにはこの世界の人々が信用ならないらしい。過去に何があったのかは今も教えてもらってないのだが……よっぽどひどいめにあったのだろう、でなければこんな森の奥に屋敷など構えようと思わない。
沈痛な表情を浮かべるじいさんを見て、俺は考えてみた。
じいさんの言う通りなら、ここで俺が何を言っても元の世界に戻ることはできない。ならここで世話になった方がいいのではないだろうか。
それにじいさんは“今は”帰る方法がないと言っていた。だがじいさんが見つけられなかっただけかもしれない。
「なぁ、じいさん。一つ聞きたいことがあるんだ」
俺はまだ少し流れる涙を拭きながら、じいさんを睨みつけるように見る。じいさんは負い目があるからか少しびくびくしながらこちらの様子をうかがうように反応した。
「な、なんじゃ?」
「帰る方法が存在しないって事は、無いんだよな?」
「お、おう。今はまだ見つかっていないが、方法が確立されれば帰る事も可能じゃろう」
それを聞いて、俺は決心した。俺がその方法を探し出してやると。
もしかしたら帰れないかもしれない。二度と祖母や友達に会えないかもしれない。
そう考えると言いようのない虚脱感を感じてしまう。
だけどそのことに怒り続けても意味なんてない。
幸いじいさんの目的が目的だし、俺が実験の材料にされるとかひどいことをされるということもなさそうだ。
──ならば受け継いでやろうじゃないか。
「いいぞ、じいさん。受け継いでやる」
「ほ、本当か!?」
「ああ。だけどな──」
俺はじいさんを睨みながら、こぶしを握り締め絞り出すように言う。
「……俺はじいさんの事を許した訳じゃない。俺があんたの知識やらなんやらを受け継いだら、俺の好きにさせてもらうからな」
「ああ、当然じゃ。吾輩は受け継いでくれる者がいてくれればそれでいいのだ」
嬉しそうな顔をするじいさんに、俺は思わずため息をつく。俺からしてみればこいつは誘拐犯。普通に考えたら仲良くなんてしようとは思わないが──。
「じゃあ、よろしく頼むよ師匠」
「おお! 記念じゃ、今日の夕食は豪華な感じにしてくれバトウ!」
「ハイハイ……」
──せいぜい、俺が帰る為に利用させてもらうさ。その為だったらなんだって受け継いでやるよ。この世界で俺が出来ることはそれしかないだろうから。
『ミナトー? どこにいるのデスカー? 掃除は終わりにして戻って来てくだサーイ! ご主人サマがオ呼びデスー!』
「っ、あぁ分かった!」
遠くからの声に俺は我に返り、俺は師匠に屋敷の周りを掃除するように言われていたのを思い出した。
空を見上げてみるとうっすらと青空が茜色に染まりかけている。
(やば……。ぼうっとしすぎたな)
流石に何もしないままというのはまずいだあろう。というよりあの小うるさい師匠に見つかったら何を言われるかわかったもんじゃない。
そう考え俺は遠くにいる声の送り主に返事をすると、手に持っていた箒の形をしている魔道具に魔力を込める。
魔道具とは魔力を込めると作動する道具のことだ。例えるなら電化製品ような物のことである。
その魔道具──《作品番号№524・風箒》は俺が自分自身で作ったものだ。これはなかなかに便利で、魔力を込めながら地面を掃くと風を纏い多くの埃や塵を吸い込みブラシ部分に集めることができる。
実際に掃いていくと次々と周りに散らばっていた落ち葉を吸い込みブラシにくっついていく。
大急ぎで掃いたのであまり時間をかけずに掃き終わった。魔力の供給を止めるとくっついていた多くのごみがひと纏まりになって地面に落ちる。
こんなに早く終わるんだったら他の場所も掃除できたかもしれないな……。
そんな事を考えながら風箒を肩に担ぎ、屋敷の中に戻っていくのだった。




