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7月6日


 7月6日。

 本日は……


「期末テスト終了ーーっ!」


 抜けるような青空に入道雲が眩しく映えている。

 そんな中で僅かな開放感に浸る俺。

 少しうわっついた雰囲気と、サウナの中のようにむせかえった空気の中、浮き足立った生徒の足は、興奮気味な会話となって廊下を行き交った。まあそれは俺だって例外ではないんだが。

「ミヤノー」

「エミ!早く行こうよッ!」

「まあまあ、焦らなくたっていいじゃん。まだナカツーとかも来てないし、待ち合わせまで随分あるんだよ?」

「津岡、お前ちょっと落ち着いたらどうなんだよ……っつか、中都方と渡登はどうしたんだ?」

 集合時間ギリギリなのだが、中都方と渡登の姿が見えなかった。

「トモは国語のプリント出しに行ったよ」

「中都方は?」

「わりぃわりぃ!トイレ行ってた!」

 そういうことだった。

 程なくして渡登もやってきたので、五人連れだって学校を出る。

 目的地は総合病院。

 病院前で松部と落ち合い、メモリアル街の中央にあるショッピングモール内の映画館へ行く予定だ。映画ならそんなに負担もかからないだろうし、全員が楽しめるということで、だ。

 早い話、松部の退院祝いである。退院予定が大分延びたのでやはりそこそこ気がかりだというのがあるのか、少し控えめな騒ぎ方だが。

「早く行こうよーっ!」

「ミヤノ…もう少し声のトーン落とそうよ…みんな振り返ってるよ?」

「船上、津岡は歩く音響兵器だから仕方ない」

「タクはまた余計なことを言う……」

「事実じゃないのか?」

「中都方ぁ?」

「ミヤノも落ち着きなって。お前じゃ中都方の相手にはならないんだから」

「む、むむう……」

 確かに、津岡の身長では、とてもじゃないが中都方の相手にはならない。俺だって殴るならボディーに打ち込まなきゃならないってのに、ましてや俺より背の低い津岡だ、ま、せいぜい鳩尾が限度だろう。下手すると中都方よりもかなり背の低い俺の頭にすら背伸びでやっと、みたいな様なんだから。船上に窘められて、負けを悟ったのか津岡は膨れっ面で引き下がった。

 うんうん、素直でよろしい。

「よく飼い慣らされてるな」

「なっ…」

「ごふぁっ!?」

「タク、あんた昔からそうだけど、一言余計」

「が…だ…………っ」

 だからってハイキック打ち込むこたねーだろ……

 船上の蹴りが正確に肺に突き刺さり、俺はしばらく呼吸さえぎこちない有様だった。あー…いてぇ……

「おー、わりいわりぃ、遅くなった……って、横路、お前なに土下座してんの?」

「土下座じゃ……ねえって……」

 ようやくやってきた渡登が、床に這いつくばったような状態の俺を見て、ボソッと呟いた。そんな見下すような目向けるなよ……。

「よっし、行こうっ!」

 一人でテンションの高い津岡について行くような形で、俺たちは夏の日差しの中へ足を踏み出した。



「ユーナ!」

「ミーちゃん!ミヤちゃん!」

「ユリナー!元気だったー!?」

「ミヤノ、元気なら入院しないから」

「あ、そっか」

「あはは…私の場合、元気でも入院するけどねー」

 総合病院前。

 女子三人が異様な盛り上がりを見せる中、何となく疎外感を禁じ得ない野郎が三人。

 や、まあ、いいんだけど……こう……

「あいつらだけでよかったんじゃね?」

「言うな、渡登」

 どうやら他の二人も同じことを感じていたらしかった。まあ、再会三秒であそこまで騒がれたらなぁ……

「おいお前ら、再会したら早く移動しようぜー。この炎天下に立ちっぱなしじゃ、松部がキツいだろ」

「そだねー」

 船上が案外あっさりと俺の申し出に応じ、松部にくっつくような形で津岡もついてきた。暑くないんだろうか。

「よう、松部」

「やっほー中都方くん、久し振りだね!渡登くんと横路くんも久し振り!」

「おう。元気そうで何より」

「お前の入院なんていつものことだが、やっぱ顔見ると安心すんな」

「あはは……」

 男子との挨拶はそこそこに、俺たちの後ろについて歩き出す。とりあえず一番近いバス停まで、俺らはしばしば雑談に興じながら歩いていった。



 メモリアル街中央のショッピングモール、映画館出口。 今話題騒然のアクション映画を3Dで見た。ちょっと目は疲れたが、いや、凄かった。ストーリーもさることながら、爆薬を使ったアクションの華麗さと来たら!

 興奮醒めやらぬまま、俺たちはシアター出口付近まで歩いてきたのであった。

 くんくん、と船上が空気の匂いを嗅いで、「あーん!キャラメルポップコーンのいい匂いー!」と声を上げる。

「お腹すいたー!」

「船上、お前胃袋キャラかよ」

「だってお昼食べてないんだもん」

「食えよ!?」

 もうおやつの時間ですよ!?

「ミーちゃん、食べないと体に悪いよ?」

「そーだよ!エミはただでさえ燃費悪いんだから」

「そんなこと言わないでよぉ……今日先生に呼ばれててなかなか食べる暇なかったんだってば!」

 そういや、呼ばれてたな、こいつ。

「どうしようか、軽く何か食べる?」

「いいんじゃね?オヤツ時だし、俺も腹減った」

「じゃあ、3階のフードコート行こうよ」

「あ、ねえ…行く前に私トイレ行ってもいい?」

「……あ、俺も」

 ぼーっとしている間に次々と話が進んでいく。うん、こいつらといるのは楽しいんだけどな、渡登と津岡の展開が早すぎて、俺は時々ついていけないんだよな、うん。 辛うじて、松部がトイレに行くと言い出したのに便乗してトイレに行くことにした。まあ、俺の発言権なんてそんなもんさ。

「じゃあ、三階フードコートで。場所わかんなくなったら連絡ちょーだい」

 船上がそう告げ、俺と松部はトイレへ、残りの四人はエスカレーターへと向かった。



 用を済ませ、トイレの前で松部を待った。少し時間を開けて松部が女子トイレから出てきた。

「横路くん。待っててくれたんだ」

「……――白切りやがって。そういうことなんだろ?」

「うん」

 彼女はごそごそと鞄の中を探ると、一本のメモリースティックを取り出した。それを俺に差し出す。

 実は。

 先程彼女がトイレに行くと言ったとき、松部は俺に瞬間目配せをして、鞄をそっと押さえた。“渡すものがある”、つまりはそういうことだ。松部が今俺に渡そうとしているものがあるなら、一つしか思いつかない。だから、便乗する形で俺もトイレに立ったのである。

「はい、約束してたの」

「サンキュー」

「スティックごとあげる。簡単にはデータの移し替えできないようにロックかけちゃったし」

「病人の持つスペックとは思えねえな」

「それとこれとは関係ないでしょ」

 そういって松部は笑う。まあ、確かに。俺も苦笑を返した。

 ……まあ、松部の掛けたロックなら、俺でも外せるだろ……多分……こいつのスキル、底無しだから、昔ちょっとしたゲームに興じたときから進歩してなければ……

 松部の頭の良さというか向上心のレベルというか。そういうのが凄く恐ろしい値なのは、俺が最近知ったことだった。

「一応気になる情報は全部入れといたから……容量大きくなっちゃったけど、ごめんね」

「いや、ありがたいよ。助かった」

「ん。お役に立てたみたいで何よりだよ」

 松部はにやっと笑ったのだった。



 三階フードコートにいると聞いていたので、三階フードコートへ向かう。

 そこは、テスト明けの学生でごった返す、カオスの一言に尽きる空間だった。店のラインナップを見ても、和洋中、ファストフード、ローフード、スイーツ、居酒屋……そんな店々がフロアの真ん中を堂々占める、テーブルスペースを取り囲むように並んでいる。

 しかし広いな…………

「松部、ぼーっとしてるけど、平気?」

「んー……ちょっとびっくりかも」

 こういうところ、来たことないからなぁ……彼女はそう一人ごちた。意外な話ではないので、軽くスルー。俺は松部のなるべく側を歩く。

「あーあ……こりゃ、経営者は大食漢だな」

「……」

「ん?」

 振り向いたら松部が笑いをかみ殺していた。

 俺、そんなツボなこと言った?

「ここの経営者、女の人だよ……」

「……」

 そういうことか。そんな高度なツボ、初めて見たぞ。

「あ、来た!」

「タクもユーナも遅いよ!先に食べちゃったよ!?」

 横合いから聞き慣れた声がして、俺たちは弾かれたように振り向いた。

 見れば、テーブルを連結して船上と津岡、中都方に渡登が食事中だった。既に昼食を終えているのか、船上の前にはレンゲの乗った八角皿が一枚。……どうやら、炒飯だったらしい。

 俺はゼロコンマ2秒で適当な言い訳を思い付き、ぺろっと舌に乗せた。

「おー、わりいわりい。ちょっと俺が腹下してよ」

「え、お前が?大丈夫なのか?」

「心配どうも。ただその言い方だと何かが引っかかるぞ、渡登よ」

「まあ、大丈夫ならいいんだ。お前らはなんか食う?食うならほら、デザートくらいはみんなで一緒に食べようぜって言って、船上に昼飯だけ先に食わせてたんだけど」

「まるであたしがワガママみたいに……」

 中都方の言いように、船上が頬を膨らませてむくれている。こいつの言動って本当に……いや、言うまい。

「私はなんか食べよっかな……さっき通ってきたとこに、美味しそうなミニパフェがあったから……」

「え!ほんと!ウチも行きたい!」

「いいよー。ミーちゃんはどうする?」

「んー……あたしはそこのクレープ屋さんがいいなぁ…あのアイスがのってるのが美味しそうでさ」

 あそこがおいしいとかどこが美味しそうとか、いきなりスイーツモードに入った女子三人に、再びの置いてけぼりをくらった野郎三人は、半分放心状態で席に座る羽目になった。 女子がそろそろ動き出すかどうか、の頃になって、中都方がふっと呟いた。

「あ、俺あっちにあったアイス食いたい」

「ああ、あれか、美味そうって言ってた伸びるヤツだろ?行くか?」

「お前らがよければ。お前どうする?横路」

「俺は別のとこ行くわ。その伸びるヤツ前に食ったけど、俺の口には合わなかった。ってか、荷物見てるよ。誰か席番必要だろ?」

「はいよ」

 まあ、この平和ボケしきった日本で、座席の荷物泥棒もそうそういそうにはないんだけど……

 かくして俺は一人ぽつねんと座席に座ることとなった。 自分のデザートは後で買いに行く。それよりも俺にはやることがあるし、な。



 松部にもらったメモリースティックを取り出し、鞄から小型端末を取り出し、USBの挿入口に差し込む。

「スイッチオン……っと」

 画面が立ち上がり、デスクトップが現れる。メモリーの中にぽつんと存在したフォルダをコピー。

 ってあれ?コピーできな…ああ、えっと……

 俺は即座にソース画面へ飛ぶ。そこにずらりと並べられているコードを検索する。

「って……あらら?」

 おかしい。目当てにしてるコードが使われていない。

「こっちか……?」

 コードを変えて試す。が、やはり見つからない。

「え…じゃあ、これ……?」

 三度コードを変えて試す。が、出てこない。

 俺が調べて探そうとしているのは、コピーガードをかけているコード。そこまで数が多いわけではないので、いくつか覚えているのだが……松部が知ってそうなコピーガードは全部試したはずだけど……

「ひょっとして……」

 一番あり得ない可能性としてとっておいたコードを打ち込む。長さは他の倍。

「検索……っと」

 ヒットした。

 ……マイナーすぎる!マイナーすぎるよ松部さん!こんなマイナーなプログラム使うなよ!マニアでも滅多に使わねえよこのプログラム……

 コピーガードを取っ払い(コードを削除してしまえば良いのだから、そんなに難しい作業ではない)、改めてパソコンへのコピーを実行。フォルダをデスクトップ内にある伏せフォルダにドラッグする。この中にコピーできれば、自動で家のマシンでも共有できる。

 コピーされたことを確認したら、ここでUSBはお役目終了。端末を引き抜き、鞄に戻す。

 改めてコピーされたデータを開く。

 そこにはワードできっちりとまとめられた資料が収められていた。うわ……探偵の資料みてえ……因果関係まで調べてある。

まずはざっと全体に目を通して――まとめんのうまいな……見やすくてしょうがねぇ――内容をざっくり把握する。

 しかし、想像以上の量だ。病院にいるのってそんなに暇なのか……?松部が有能すぎるだけか?まあ、いいんだけどさ……それにしたってすっげー量だ。

 内容の把握が終わったら、一つ一つをじっくり見ていく。

「はいはいただいまぁ…っと。タク、なんか買ってきていいよー」

 そんな声がして俺は顔を上げた。作業は一端中断。こんなもん他人に見られたらろくでもないことになることこの上ない。――フツーに病院の内部情報だしな、これ。

 小型端末が元通りしまわれたことを確認してから、俺に声をかけた人物に目をやる。

 すると目の前には、右手に今にも溶けて滑り出しそうなアイスの載ったクレープと釣り銭、左手に飲み物と財布を持った船上がいた。両手がいっぱいなのか、椅子を引いて座るに座れず悪戦苦闘している。

 ――なんつっか、こいつ昔からこうだよなぁ……。

 見るに見かねて、俺は声をかける。

「ミィ、クレープ寄越せよ」

「ふえ?あげないよ?」

「そうじゃなくて!クレープ持っててやるから、財布に小銭しまって、飲み物置いて椅子に座れって言ってんの」

「あ、そういうことか。てっきり食べたいのかと思った」

「食いたきゃ自分で買うよ……ほら、寄越せって」

 そう言うと船上は俺の方にクレープを差し出してきた。――ん、存外重いな。アイスが生地の温度で溶けやすく、バランスを取るのが難しい。

 ……しかしこうやって見てるとクレープがやたらと美味そうだ。俺もクレープ食おうかな。

「はい、ありがとー。もう平気だよ」

 そんな船上の声に、俺はクレープを彼女に返す。

「それ、どこで売ってた?」「こっからあっちに五件くらい行ったお店。Roluts Crepeってお店だよ」

「サンキュー」

 彼女にクレープを返した手で自分の財布を掴んで、俺は席を立った。

 うん、まあ……クレープ買いに行ったよ。美味そうだったから。

 余談だが、座席に戻った俺は、中都方はじめ、残り四人からの冷やかしの一斉射撃を食らった。クレープの受け渡しの一連を、どこかから見られていたらしい。……ったく、どいつもこいつもネタにしてくれやがる……。



 やたらと騒がしいスイーツタイムを終え、カラオケで三時間ほど歌い倒した俺たちは、ショッピングモール内のオモチャ屋で花火を物色していた。

 このあとここで夕食を済ませ、俺の家の近所の空き地で花火をやろうという流れになったのだった。打ち上げ花火、手持ち花火、線香花火……

 かごの中に入れられた花火を見て、松部が不安そうな顔をする。

「こんなに花火やりきれるの?」

「意外とやりきれるもんだぜ」

「そうだよ!男子三人もいるし!」

「残ったら持って帰っちゃえよ」

 レジスターで精算される花火を見ながらそう言うと、「さすがに病院じゃできないよー」と彼女は頬を綻ばせる。

「おし、いくぞ」

 野郎三人で花火と女子の荷物を分けて持つ。(いつの間にかちゃっかり買い物をしていた)

「なに食べよっか」

 すっかり胃袋キャラの定着してきた船上が足取りも軽く歩き出した。



 外に出ると、藍色になった空が広がっていた。日が沈んだばかりのようだ。ほんの少し風が出ていて、暑すぎない、煙も流れやすい、まさに花火日和。

 バス停へと歩く俺たちの話題は益体のないくだらないお喋りになっていた。

 例えば。

「男子って花火好きだよねー」

「女子寮の方じゃやらねえの?」

「やるけどみんな浴衣着てくる方が本命だから、静かだよね」

「ウチ打ち上げ花火やったことある!」

「ミヤノ、どこでやったの?」

「男子寮の隣の空き地だよ?」

「あんた絶対男子に混ざってたでしょ」

「もちろん!」

 とか。

「打ち上げ花火って空き地でやっても平気なの?」

「あー、平気じゃね?そこそこ広さあるところ使うし」

「先生に捕まったりしないかなー?」

「俺、去年先生にバレたぜ。派手に打ち上げ花火やってたとこ」

「え!?マジで!?……で、どうなったの?」

「先生が一番楽しんでった」

「えー……」

 とか。

「話聞いてると、あんた達いつも三人で花火やってるみたいだけど、男子ばっかりで花火って花なくない?女子とか誘わないの?」

「問題です。俺、中都方、渡登。女子ナンパして成功しそうなのは誰でしょう」

「え?……えっと……」

「迷うなよ……スパッといないって言われた方がむしろすっきりする……」

「中都方なんか妹の話ばっかりだしな」

「ヒカル、可愛いからな」

「中都方、あんたシスコンなの!?」

「津岡、それを言ったら合法ロリ一歩手前のお前はどうなるんだ」

「ロリコン!?」

「お前の神経を疑うぜ……」

 とか。

 くだらない話声かバスの中に響く。これはこれで、十分楽しかった。

 これでよかったんだと思う。

 多分。

 バスが止まる。

 バス停から少し歩いて目的の空き地に到着。想像していたより広かったのか、全員のテンションが一気にあがった。

「あ、ねえ、誰かロウソクとか持ってない?」

 船上の声に全員が顔を見合わせあう。誰も持ってないらしい。

 …まあ、学校帰りの高校生がローソク持ってたらなんのつもりか、という話しだ。えーと…………

「あ、部屋にあったと思う」

「じゃタク、頼んだ」

「え、俺!?」

「なによ、あたしが勝手にタクの部屋漁っても良いなら「すいませんでした俺が行きます」

 断ってハイキックとか洒落になんねえもん。船上の脚力バカになんねえし。痛いし。息できなくなるし。

「花火あけて待ってろよ。取ってくる」

 少しばかり歩いて自分の寮まで戻る。鍵を開けて中に入り、小物入れを漁ると、幸いにローソクが出てきた。プラカップに入ったヤツ。これでいいだろ。

 そういえば、火つけるものあったかな。まあ、最悪アレだ、ガスコンロでつければいいよな。かなり危ないけど、家に火がつかなきゃ大丈夫だろ?

 そう思いつつ更に別の引き出しを漁ると、奇跡的に数本残っていたマッチが出てきた。…こんなもんか。辛うじて残ってた、なんてレベルだが無いよりいいだろう。

 ついでにパソコンのメールを確認する。なんというか、半ば嫌がらせのように、岬原から「寝過ごして遅刻すんなよ〜」という趣旨のメールが入っていた。

「へいへい…っと」

 ほんと、どいつもこいつもいつまでもネタにしてくれやがる……

 苛立ち半分にパソコンを閉じ、部屋に鍵をかけて外へ出る。ムッと息の詰まるような暑さが一瞬体を包み、弱い夜風に流されていく。途中でゴミ捨て場に立ち寄り、燃え尽きた花火を入れるためのバケツを拝借。火を消すには十分で、こぼれない程度の水を汲んで空き地へ向かう。

 空き地では既に袋を開けて花火の準備を進めていた。

「あ、遅いよ!」

「わりーわりー。なかなかローソク見つかんなくってよ」

「横路くんありがとうー」

「じゃ、どの花火からやろうか?」

「派手に打ち上げからだろ」

「いや、あえて線香花火とかは?」

「普通に手持ちでいいんじゃないか?」

「っていうか、ユーナの快気祝いなんだから、ユーナが好きな風にやってもらおうよ」

「そうだな」

「えっ」

 突然話の矛先が自分に向いて、松部が困ったような表情を見せたが、それも一瞬、少し困ったように頬を綻ばせた。

「私は最後に線香花火ができればいいかなぁ……みんなが好きなようにしてくれていいよ」

「じゃあ、線香花火最後に」

 結局、ジャンケンで最初の花火の種類は決まった。



 はっきり言おう。

 楽しかった。

 凄く楽しかった。

 ただ騒いでるだけのようにも見えたけど、それで良かったんだろうな。

 バカ騒ぎ、大いに結構、というか。

 初めは手持ち花火から取りかかった。普通に一本ずつで楽しんでいたのだが、途中から普通という言葉が消えてしまった。

 手持ち花火を四本ばかり束ねて火をつけてみたり。

 玩具花火を男子同士(なぜか集中攻撃される俺。)でけしかけあってみたり。

 地面に突き刺して噴水のようにしてみたり。

 みんなでそれぞれ持った手持ち花火を打ち上げ花火に向けて、一気に火をつけたリ。

 噴水花火の導火線代わりに手持ち花火を並べてみたり。

 打ち上げ花火の落下傘がどっかの屋根の上に乗ったと言って大騒ぎしたり。(回収はしないですませた。)

 百連発!と書かれていた打ち上げ花火の回数を数えて80しか出てこない!と爆笑したり。

 携帯電話のカメラと組み合わせて残像で暗闇に絵を描いたり。(中都方が地味にうまかった。)

 ともかく、大騒ぎだった。

 空き地は煙と光と火薬の香りで一杯で、みんなが楽しそうで。とにかく一人残らず笑顔で。

 俺は柄にもなく、なんか幸せだな、なんて思ってしまった。

 まあ、今くらい許されるだろう。

 きっと。

 水の入ったバケツが一杯になってきた頃、手持ち花火もほとんどやりきり、俺達は線香花火へ移行していた。

 最初は騒がしく誰が長続きさせられるか、なんてことをしていたのだが、次第に静かになっていき、妙に静まりかえった空き地のそこかしこで火薬の弾ける音だけがしていた。時折、花火にを火をつけるときだけ、誰かが動くのが見える。俺は、風さえ吹かなければ誰よりも長く持たせる自信があったので、少しみんなから離れたところでパチパチさせていた。

「横路くん」

「んあ?」

 呼ばれて声と顔を上げると、手に数本線香花火を持った松部が立っていた。

「あ、帰る時間?」

「ううん、まだ平気」

 そう言って彼女は俺の隣にしゃがむ。

「今日はありがとう」

「ああ、礼なら俺じゃなくてミィに言えよ。あいつだから、お前の快気祝いやろうって言ったの」

「そっかぁ……ミーちゃん優しいなぁ」

 ふわり、と松部が微笑んだ。一瞬の沈黙の後、再び口を開く。

「ミーちゃんのこと、大事にしてあげなよ?」

「お前まで言うのかよ……」

 まったく……

 特にそれ以外に話題があったわけでもないのか、自然と俺たちは黙り込む。沈黙に耐えられなくなったのか、とりあえず用がなくなったせいなのか、松部は不意にまた立ち上がりみんなの方へ歩いていった。俺の手元には六本の線香花火が残った。



「横路ー、お前火災現場にでも行ってきたわけ?えらい煙臭いぞ」

「え?マジ?」

 岬原の指摘に俺は自分の服を嗅いでみる。なるほど確かに煙臭い。まあ、風下にいたからな。何故か。

 着替えなかった理由としては、俺が直行したから、というのがある。遅刻して笑われたらたまったもんじゃないからな。

「ちげーよ。花火だ花火。入院してた友達の快気祝いってんで、近所の空き地でやってきた」

「早くね?」

「まあまあ。いいじゃないか、花火。いいなぁ…横路は若いなぁ……」

「久野さんそういうこと言うような年じゃないじゃないっすか……」

 岬原がそう混ぜ返すと、久野さんは苦笑いしながらふるふると頭を振った。

「岬原、君も後四年もすれば嫌でも体の衰えを感じるよ。横路なんかから見たら、僕らはもう十分おじさんだろうし」

 なんだろう、妙に実感の籠もったような言葉だった。岬原を見ると、苦笑いしているような若干納得しているような、妙な表情をしていた。

「久野さんもそこまでおっさんじゃないっすよ」

「そうかな……だといいけど。ありがとう」

 俺がそう声をかけ、久野さんがそう言って苦笑していると、入り口の方から誰かやってくる。――雨ヶ崎先輩だ。

「久野さーん!お久しぶりでーす!」

「やあ、雨ヶ崎さん。どうだい?剣道の方は」

「いやー…この夏はもう受験生ですから……週に一回道場で少し素振りができればまだいい方です、ってくらいで……誰かと試合したいですよー」

「そうか、もう受験生だもんな」

 うんうん、と頷いて、わからないところがあったら持っておいで、教えられると思うから、なんて言っていた。久野さん、めちゃくちゃ頭いいのである。出身大学こそ知らないが、間違いなく工学部の出身。

「久野さん」

「やあ、草上寺。その後は三野さんかな?」

「お久しぶりですわ。お元気でしたか?」

 お坊ちゃまっぽい草上寺さんと、リアルお嬢様の三野さんも到着。 あとはスコットを待つのみだ。と思っていたら、二人の後を息を切らしながらやってきた。

「ユキヒコにMs.ミノリ!歩くの早すぎるヨ!見かけたカラ、声かけようとしたけど、追いつけなかっタ!」

「あら、それはすみません、スコットさん」

「いやいや!気にしないでくだサイ!Hi!Mr.クノ!How do you do!」

「Fine,thanks!」

「凄いなぁ、久野さんは」

「岬原さん、これ、中学英語ですよ?」

「まじで!?俺英語苦手だったから…」

 相変わらずのテンションで笑うスコット。周りの幹部メンバーがそれにつられて揚々と会話を展開していく。こうやってると俺だけアウェイな感じだ。まあ、いいけど。歳も離れてるしさ……

「さて、それじゃあそろそろ始めようか。遅くならないうちに終わらせられた方がいいだろう?」

 久野さんの一声に部屋が一瞬で静まりかえり、気がついたら全員が定位置(いつの間にか定位置化していた)に座っていた。

 座る直前、岬原がホワイトボードを久野さんの後まで引っ張ってきて、自分の前にはノートパソコンを置いて構えていた。……そういや、この人書記だっけ。岬原は、音声の方はボイスレコーダー、ホワイトボードの方はリアルタイムでプログラムを使って電子化してしまう、驚異の腕前の持ち主。その辺は尊敬してる。うん。

「いつも通り報告会からいこうか。手短に頼む」

「あ、じゃあ、俺から」

 そんな俺の声に会議場がざわついた。

 ……まあ、確かに珍しいけどさ。そんなざわざわしなくたっていいだろうに。やりにくいことこの上ない。

「えっと。二つあって。一つは俺が直接関わったことで」

 そう言って俺が説明を始めたのは、件のあの学生の話。

 花火を終えた後ここに近いファミレスに入った俺は、ドリンクバーだけ注文してデータに目を通していた。

 学生の名前は野田マサト。大学二年。

 死因は心臓発作と転倒時の頭部強打によるクモ膜下出血。病院搬送後、集中治療室で処置を受けるも二十時間後に死亡。

「この人に最初心臓マッサージしたの俺なんですけど、ちょっと気になったんで入院してた友達に頼んで追跡調査してもらったんです」

 現在病院に義務づけられているTPNT検査(テトラパラビン酸ノルフィルトリオール検出検査の事だ)の結果は陽性。検出値は安全暫定値の15倍。だが、心臓周辺だけ132倍濃縮され、TPNT中毒症に見られる血管の劣化が明らかに広がっていた。彼の場合は更に、全身に似たような血管劣化が広がっている。

「この彼の場合、避難区域への滞在許可申請がやたら多いです。ここ三ヶ月で12回」

「多いな。週に一回ペースか」

「まあ、そんな感じです」

「そこで何してたかまではさすがに追えてないよな」

「さすがに。つか、何でっすか?」

「いや、最近避難区域に人がいなくなってることにかこつけて、無法者がいるんだ。麻薬取引なんかザラだよ。まあ、後で警視庁のブラックリストでも漁ってみるか…」

 久野さんがまったく笑っていない目で苦笑いしながら言った。まあ、確かにチャンスだよなぁ。奥まで入れば警備もほとんどいないわけだし。

 ってか、警視庁のハッキングはさすがにやめてください。あんたが平気でもヒヤヒヤしっぱなしでこっちの身が持たないって……

「それで?」

「あ、えーと、直接コレとは関係ないんですが、その一週間でTPNT中毒症で亡くなった人が前年度同時期の10倍って、書いてあります。で、もう一つなんすけど……」

 こっちは船上のパソコンの件だ。順を追って一通り話すと、マニアが多いせいかすぐさま話が展開する。三野さんと雨ヶ崎先輩はもちろんのことながら、そこそこに詳しいはずの俺やスコットまでもが取り残された。

「草上寺、岬原、お前らはどう思う?」

「俺は政府のハッキング一択っすね。記事の掲載時期、法案の発布時期、掲載内容、個人の仕業だとしたら何から何までタイミングが良すぎる」

「ただ、そうなってくると、懸念も増えますね。進入経路はやっぱりネットサーバーからでしょうか」

「個人のパソコンが唯一外部と繋がるなら間違いなくそこだからな。可能性は一番高いだろう」

「ウイルス経由……」

「……」

「……が……」

「……………………」

 会話が遠くなる。なに言ってるのかよくわから、な……い…………

「横路…!寝るなって…!」

 雨ヶ崎先輩にわき腹をどつかれて、俺は目を覚ました。立ったまま寝るという、器用なことをしていたらしい。目を覚ましたときには全員の視線が再び俺に集まっていた。

「おはよう横路。これで全部かな?」

「あ、はい」

「ほかにこれに匹敵する情報を持っている人はいるか?」

 久野さんが会議場を見渡す。 反応はない。

 それを見て、意を決したように久野さんが立ち上がる。

「今の横路の話を聞いてこっちの意志も固まった。今日、急遽みんなを集めたのには、今から言うことについての検討をしてほしくてね」

 そう言って久野さんは改めて息を吸い込んでこう続けた。

 時計が動きを止めたように見えて、しかし、それでも日付は変わる。



まさかとは思いましたが、日付を跨ぎました。すみません。

久野さんがなんて言ったのかはもうしばらくお待ちください……。

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